第8話 正体
大広間に続くキッチンに、手早くティーセットが並べられていく。白地に黄色の花が描かれている可愛らしいティーポットは、ゼラのお気に入りだった。もちろんソーサーとティーカップも、同じ柄で揃えている。
今日はどの紅茶にしようか。そろそろ胡散臭いメガネがやってくる頃だし、先にこの茶葉を空けてしまおうか。いや、このフレーバーティーも捨て難い。
「……ゼラさん、独り言なんて珍しいですね」
ゼラの肩がびくっと反応する。振り向けば、早く選んでくれとルーカスが目で訴えていた。
「……煮えたぎった紅茶は飲まないからな」
ゼラは足早に大広間へ向かい、大きく音を鳴らして椅子に座った。
ーーー
午後の暖かな日差しが、木枠の窓から集いの家へ差し込んでいる。ゼラの白い指は、ルーカスが焼いたアップルパイに伸びていた。
「焼き加減が甘い」
「急に作れと言ったのは誰ですか」
「雑用係が嫌なら玄関は後ろにあるぞ」
文句を言いながらも、ゼラはアップルパイを食べる手を止めなかった。ルーカスが双子を見た。
修行で疲れているのか、二人の頭が前後に揺れている。
「それで、さっきの話なんですが」
ルーカスはゼラに視線を戻した。ゼラは口に頬張ったアップルパイをゆっくり咀嚼している。間が悪くて、変に苛立つ。その言葉は口に出さなかった。
「この双子、何者なんですか」
「……何者、ね」
ゼラの答えを待ち、ルーカスは喉を鳴らして飲み下す。ゼラはあっけらかんとして言った。
「ただの精霊」
一瞬の静寂が集いの家を流れる。
「……せい、れい……精霊!!?」
ルーカスの声にゼラは耳を塞ぐ。思わず椅子から立ち上がっていたルーカスをじろりと睨んだ。
「いや、精霊って……。伝説で聞いたことはあるけど、本当に存在していたなんて、」
ルーカスは椅子に座り直し、口元を手で覆う。
精霊……。考えれば考えるほど、彼にとって、信じられない存在だった。
精霊は、人間より遥か昔からこの世界に存在していたとされる存在。炎や水、大地といった自然そのものに宿り、ときには人の前に姿を現したとも伝えられている。精霊は人間に災いをもたらす。そんな伝承さえあった。
もっとも、それは古い書物や御伽話の中だけの話だった。少なくともルーカスは、実際に精霊を見たという人間に会ったことがない。
それが今、目の前で、アップルパイを片手に頭を揺らしている。
「人間は、理解できないものに蓋をする」
黙ったままのルーカスに、ゼラは静かに告げた。
「見たことのないものを、存在しないものだと断定するのは愚かだ」
ゼラの言葉に、ルーカスは沈黙したままだ。知らなかったとはいえ、精霊の存在をいないものとしていた。存在していたものを、自分の中から消す。それがどういうことなのか、ルーカスは知っている。彼にとって、耐え難いことだった。
「……だからあの出力の魔法を扱えるんですね」
「120年くらい生きてれば普通に出せる。まあ、精霊の中でも、まだ子どもの年代だけど」
「ひゃ、ひゃくにじゅうねん……」
青年の開いた口が塞がらない。自分が生きた20年という年月が、大変可愛らしく見えてくる。
世界の秘密のひとつを知ったような感覚に、ルーカスは興味を抑えなれなかった。
「さっき、エルデに魔法式が違うって言ってましたよね。それなのに魔法は発動してた。……それも精霊と関係があるんですか」
「……何か勘違いしているな。そもそも、精霊は魔法因子の集合体に生命が宿った存在。要は魔法を発動する材料そのものに近い」
「……つまり、魔法因子に命令しなくても魔法が扱えてしまう……」
ゼラはティーカップを片手に、無言で頷いた。青年の探究心は、次から次へと質問をゼラへ飛ばす。
「なら、双子に魔法式を教える理由ってなんですか。それ以前に、どうして魔法の修行を?」
キラキラとした子供のような瞳を向けるルーカスに、ゼラは目をぎゅっと細め「めんどくさい」と呟いた。小さくため息をこぼして、彼女は答える。
「精霊は感覚で魔法が扱えてしまう。それ故に、魔法発動までの流れを意識しない。力任せで制御が雑になる。だから、魔法式を使って、魔法因子と魔力を強固に繋ぐ人間の魔法を教えた」
「……なる、ほど、?」
「……理解できないなら、そこら辺の魔導書読んで勉強しなさい」
ゼラはテーブルに雑に積まれた魔導書を指さすと、時計を見て席を立った。
「ゼラさん?」
「昼寝の時間」
「……いや、まだ質問の答えもらってないですけど!」
欠伸をしながら自室に向かうゼラを、ルーカスは呼び止める。魔女は眠い目をこすりながらこう言った。
「生意気な双子をしごくため」
扉の奥へ消えていったダメ魔女を見送り、ルーカスは気持ちよさそうに寝息を立てる双子に、そっと毛布をかけた。




