第9話 少女
昼下がりの集いの家。この時期は、東の大陸から運ばれた雨雲の影響で、雨がよく降った。
遠い昔は不作を救う恵みの雨と呼ばれていたが、魔法が普及した今では、かつてほどありがたがられることもない春の風物詩となっていた。
「……雨やまないね、エルデ」
「……そうだね、メーア」
降り続ける雨を、双子は大広間の窓のそばで眺めていた。窓の結露を退屈そうになぞっては、ため息をついた。その後ろを、紅茶を淹れにきたルーカスが通りかかる。
「二人とも、雨が嫌いなの?」
「うーん、べつに嫌いってほどじゃないけど」
「なんか気分が下がるんだ」
「そっか。……もしかして、雨と精霊の生態になにか関係があるとか、いやそもそも水因子は……」
気怠そうに頬杖をつく二人を置いて、ルーカスはぶつぶつと呟きながらキッチンに戻る。雑用係ことルーカスは、魔法の奥深さに気がついたのか、何か疑問を抱いては独り言をするようになった。
その様子を、「また始まった」と双子は呆れたように眺めている。
少し経った頃、ゼラが杖を片手に自室から出てきた。夜遅くまで起きていたのか、目には薄い隈ができている。
「……厄介者が来た」
ゼラの一言に、双子は顔を見合わせて
「「依頼人だ!!」」
飛び跳ねた。急な騒ぎに、何事かとキッチンからルーカスが顔を出した。
「なにかあったんですか」
「誰かが森に入ってきた」
ゼラは騒ぐ双子に目を向けた。小さくため息をつく。
「いい暇つぶしができたと思ってるんでしょ」
騒ぐ双子を横目に「紅茶」とルーカスに言って、椅子に深く腰掛けた。準備していたティーセットを手際よく並べ、ルーカスは紅茶を淹れながら質問する。
「なるほど。……ゼラさん、なんで客人が来たってわかるんです?」
「この森に結界を張ってるから」
「結界??そんな魔法があるんですか」
「あるから使ってる」
「それって何か入れる条件とか色々……」
「質問は一日に三個まで」
ぴしゃりとドアを閉めるような言葉に、ルーカスは肩をすくめた。
ーードンドンドン!!
強く玄関のドアが叩かれた。早く開けろと言わんばかりに、何度も扉を叩く音が鳴り響く。
「……二人とも、部屋に戻って」
ゼラは双子に呼びかけた。
「えー!やだよ、私も依頼きくもん」
「……僕も師匠の魔法見たい」
「戻りなさい」
ゼラの強い口調に、双子は口を尖らせて二階へ続く階段へ向かった。
「……双子には、見せないんですか」
ゼラはドアを見つめたままだった。
「これ以上、愚問は受け付けない」
その金色の瞳は、冷酷な魔女の目に戻っていた。
ーーー
ルーカスがドアを開ける。ずぶ濡れの少女が一人立っていた。髪も服もすっかり濡れている。それでも俯くことなく、少女ははっきり言った。
「遅い」
「……え?」
ずかずか玄関を抜け、テーブルで紅茶を嗜むゼラへ真っ直ぐ向かう。じっと見つめる少女に、ゼラは目を強く細めた。
「……あなたが魔女ね」
「……そうだが」
「依頼がある。今すぐ叶えて」
「帰れ」
集いの家は一瞬で静まり返る。
「……は?」
「お前の願いを叶えるより、ティータイムの方がずっと有意義だ」
「なんですって」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ルーカスが、二人の間を割って入る。二人は目を逸らすことなく、火花を散らしている。
「とりあえず、紅茶飲みません?」
二人の鋭い視線は、ルーカスを刺していた。
ーーー
「……それで、依頼って……」
「聞く気はない。雑用係が口を出すな」
「私は魔女に話があるの。アンタは引っ込んでて」
ルーカスは無言で俯く。俺が来た時よりも圧倒的に機嫌が悪い。威圧的な空気に窒息しそうだった。
「なんでも叶えてくれるんでしょ?」
ゼラは何も答えない。頬杖をつき、もう片方の手でカップの縁をなぞっている。
「……依頼だけでも聞きましょ、ね?」
宥める声のルーカスを、魔女はじろりと睨んだ。大きくため息をつき、少女へ視線を移す。
「……用件を言え」
不機嫌なゼラの問いに、一拍置いて少女は答えた。
「明日、絶対晴れにしてほしいの」
「「……晴れ?」」
ゼラとルーカスの声が重なった。
「そう。晴れにして」
「はれって……天気のですか?」
「それ以外なにがあるのよ」
棘のような言葉にルーカスはたじろぐ。ゼラは窓から外を眺めた。先程よりも強く叩きつけられる雨。この様子なら、明日は確実に雨だろう。
「理由は?」
窓から少女へ金色の瞳が向けられる。少女は俯いたが、すぐに顔を上げた。
「話したくない」
「……なんだと?」
「だから、話したくない」
再び、静寂が流れる。ゼラは、白い指で藍色の髪を一束梳いた。静かに告げる。
「お前、私を聖女かなにかと勘違いしてないか?」
低い声に、部屋は凍りつく。
「見ず知らずのお前に、理由もわからぬまま奇跡を起こせだと?」
金色の瞳は、少女の身体を硬直させた。
「魔法は対価を喰らって、奇跡を与える」
雨音が、屋根を強く叩いて大きく響く。
「お前に、対価を支払う覚悟はあるのか」




