第7話 実践練習
静かな湖を囲む草花の朝露が輝いている。冬を越し、春になった今でも、朝方は冷たい空気で満たされていた。
湖畔に佇む一軒の家。冷酷で氷のような魔女。恐ろしい魔法を使い、一度森へ入ればただでは帰れない。それでいて、どんな願いでも叶える大魔法士。そんな様々な噂が飛び交う、魔女の家。
「ゼラさん、食べながら読書しないでください」
「時間を有効活用してるだけだ」
ただのダメ魔女の家だった。雑用係ことルーカスが魔女の家に来て三日。あの冷酷な魔女はどこに行ったのだろうとルーカスは頭を抱えた。
服は脱ぎっぱなし、食べたものは片さない。その癖、ティーセットの手入れだけはうるさい。そして、口を開けば決まってこう言った。
「雑用係、紅茶」
「だから雑用係じゃなくてルーカスです」
ルーカスは大きくため息をつく。あの日、真実を突きつけ、対価を奪い、自らを救ってくれたあの大魔法士の姿はどこにもない。
「師匠、また怒られてるー!」
「メーア、それ僕の目玉焼きだよ」
そして、騒がしい双子。師匠であるゼラが怒られているのがたまらなく面白いらしい。いつものようにちょっかいを出しては、ゼラに睨まれてルーカスの背中に隠れていた。
「……今日の実践、覚悟しておきなさい」
その一言に、双子は震え上がった。ルーカスはその様子に首を傾げる。
「あの、実践ってなんですか」
「見ればわかる。早く紅茶」
魔導書を読みふける魔女は、いつものように目を強く細めていた。
ーーー
静かだった森に、轟音が鳴り響く。広々とした平原を、魔法の光が飛び交っていた。
「『マイムート』!!」
メーアがゼラに向けて魔法を放つ。魔法陣から出る青い光の粒が凝縮し、槍のようにゼラへ襲いかかった。ゼラは怯えることなく、淡々と杖を突き出す。
「『マゲン・ルーア』」
杖から緑の光の魔法陣が出現した。瞬間、強風が水の槍を退ける。
「威力が落ちるくらいなら詠唱を省略するなって言ったはずだ」
「……なら、『大地の因子よ。我に跪け』、『リバ・テヴェル』!」
エルデの手が大地と接する。地面に緑の光が集まり、地は大きく揺れ、ゼラの前に巨大な土の塔が形成された。ゼラはすぐに杖を地面へ向け、呪文を唱える。
「『へデフ』」
魔法陣から溢れ出る赤い光の粒は、土の塔に触れた瞬間爆発を起こした。
「魔法式が違う。つまらないミスをするな」
息切れする双子にゼラは冷たく言い放つ。その姿は、大魔法士そのものだった。
「……実践ってこれか」
その様子を少し離れたところで、ルーカスは見学していた。王都にいた頃、たまに森から鳴り響いていた騒音を思い出した。大人たちから、ただの地鳴りだと聞かされていたが、18年越しに正体が判明した。
ルーカスは魔法を使う双子を眺める。正直、驚きが隠せなかった。あんなに小さな子供があの出力の魔法を扱えるなど聞いたことがない。下手をしたら、魔法部隊に入れるレベルだ。
「────今日はここまで」
ゼラの一声で、実践練習は終了した。疲れきった双子はその場に座り込む。ゼラは何事もなかったかのように服についた土埃を払い、家へ足を運ぶ。
「あの、ゼラさん」
ルーカスが呼び止めた。ゼラは無言で立ち止まり、ルーカスを見上げる。
「あの双子、ずっとゼラさんと修行してるんですか。さっき魔法式違うって言ってたのに魔法は発動してたのなんでですか。ゼラさんって複数因子持ちなんですか」
「質問はひとつまで」
畳み掛ける質問に、ゼラは眉をひそめながら人差し指を立てる。ティータイムに遅れる、と不機嫌な様子だ。ルーカスは、質問をひとつに絞る。
「……あの双子、何者なんですか」
ルーカスの頬に汗が一筋流れた。普通の子供ではない。そう思うと、得体の知れない不気味ささえ覚えた。ゼラは双子を見る。少しため息をついて、ルーカスに視線を戻した。
「話せば長くなる」
そして、
「長話に紅茶は欠かせない」
家に帰った。




