↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/14

第6話 集いの家

「俺を弟子にしてください」


「却下」



ゼラにはルーティンがあった。起床すると、何よりも先に目覚めの紅茶を淹れる。お気に入りのティーセットを大広間のテーブルに並べ、興味深い魔導書を片手に朝を過ごす。ゼラにとって、それは至福の時間。


その優雅な時間を、依頼人であった青年がぶち壊し、ゼラは大きくため息をついた。


「……お前、まだ帰ってなかったのか」


「俺をここにおいてください」


「質問の返事になってない」


ゼラは頭を抱える。寝不足なのか、苛立ちなのか、妙な頭痛が彼女を苦しめた。


厄介者すぎる……。


ゼラはルーカスに視線を向ける。キラキラとした瞳でゼラを見つめる赤髪の青年。もう一度ため息をついた。


「お前の契約は履行した。早く帰れ」


「いやです。俺はあなたの元で修行したい」


話が通じないとはこういうことか。ゼラは目をぎゅっと細めた。紅茶を一口含み、思考を整理する。寝起きの魔女にとって、朝から考え事をするのは大変難儀なものだった。


ゼラはあることに気づき、眉をひそめてルーカスに問う。


「修行しようにも、お前は魔法が使えなくなったじゃないか」


「……そう、ですね」


ゼラの言葉に、ルーカスは俯く。彼女の言う通りだった。

早朝、目が覚めて、一番最初に掌を見つめた。何度試しても、魔法は発動しない。

ーーああ、本当に取られたんだ。

ルーカスは事実の前に打ちひしがれていた。その時、弟の記憶が頭をよぎる。弟との毎日。見せた魔法。弟が死んだ日。

気がつくと、涙が出ていた。弟を探し続けたあの時は出なかった、大粒の涙。それが彼にとっての救いだった。彼の心は決まっていた。


「俺を弟子にしてください」


「……お前、コミュニケーションを修行したほうがいいぞ」


そして、今に至る。引き下がらないルーカスに、ゼラは呆れさえ感じていた。


「俺は、」


少しの間が空いて、ルーカスは続ける。


「俺は、魔女様の元で生きていきたい。あなたは、俺を逃がさなかった。そのおかげで……あなたのおかげで俺は生きていける」


金色の瞳が、一瞬見開かれる。


「魔法が使えなくたっていい。俺は、ここで生きていきたいんです」


『お前のおかげで俺は生きていける』


魔女が遠い昔の記憶を思い出した。彼女がまだ、大魔法士になる前の、ずっと昔の記憶。

ゼラは眉間を抑え、考え込む。ルーカスは、彼女の答えをひたすら待った。


「考えは分かった。だが……、」


二人に迫り来る、騒がしい足音。


「師匠!エルデが私の頭ぶった!」


「ちがうよ師匠、メーアが先に僕の足を踏んだんだ」


「生憎、弟子はもう二人もいる」




ーーー



「誰この人」


「私知ってる、昨日来た依頼人だ」


ルーカスを囲む小さな幼子が二人。まん丸の四つの目がルーカスを凝視する。


「……あの、もしかしてこの二人、ゼラさんのこども、」


「ちがう。吹き飛ばされたいの?」


ルーカスの言葉をゼラは一蹴する。ですよね、とルーカスは冷や汗をかいた。


「お兄ちゃんだれ?」


緑髪の男の子が首を傾げる。それに続けて、青髪の女の子も首を傾げた。


「俺はルーカス。今日から俺も弟子になるんだ」


「勝手に決めるな」


ゼラの横槍を気にもとめず、ルーカスは続ける。


「君たちは?」


二人は顔を見合せ、じゃん!っとなんとも絶妙にダサいポーズをとる。


「私はメーア!」


「僕はエルデ」


ポーズをとり続ける双子をゼラは眺める。日常茶飯事なのか、ノーリアクションでティーカップの縁をなぞっていた。


双子がルーカスの周りをぐるぐる回る。メーアが赤い髪を珍しそうに覗き込み、エルデは少し離れたところから値踏みするように見ている。


「ルーカスはなんの魔法使うの?」


メーアの小さな手がルーカスの服を引っ張る。ルーカスは一瞬顔を歪めるが、すぐに笑顔に戻った。メーアの背丈に合わせてかがみ込む。


「俺は魔法が使えない……使えなくなったんだ」


穏やかな表情には、少しの悲哀がある。メーアは首を傾げながら、ルーカスの頭を撫でた。陽射しのように温かなその小さな手は、悲しそうなお兄ちゃんを励ます無垢な手だった。


「じゃあ、なんで弟子なの?」


エルデはおずおずとルーカスに寄りながら、純粋な疑問をぶつける。ルーカスは答えられずにいた。


「……その子の言う通り。居候がいた所で何も役に立たない」


「師匠いいすぎ!」


「師匠、魔法以外なにもしないのにね」


双子をキッと睨む魔女。双子はルーカスの後ろに隠れた。母親に叱られて隠れる弟を思い出していた。

魔法以外なにもしない、という言葉が引っかかり、ルーカスは部屋を見回す。


テーブルに積まれた書物の山。隅に置かれた脱ぎっぱなしのローブ。食べ散らかしたままの皿が並ぶキッチン。控えめに言って酷い有様だった。



「……あの、少し時間をもらえませんか。あとキッチンも貸してください」


三人の魔法士が首を傾げる。ルーカスは腕まくりをし、強い意志を持って巨悪に立ち向かう。



ーーー



「わあー!おいしそう!」


「部屋もピカピカ」


「……ふぅん、」


テーブルに並ぶバランスの良い朝食。綺麗に畳まれた衣類。ピカピカに磨かれた床。一時間も経たないうちに、部屋は劇的に綺麗になった。全く興味が湧かず、魔導書を眺めていたゼラも、

ーーこいつ、手際が良すぎないか?

と途中からちらちら様子を窺い始めるほどだった。


「冷めてしまうので、食べましょう」


ゼラたちは食卓を囲む。双子が食事に手を伸ばそうとした時、ルーカスを見て手が止まった。


「なにしてるの?」


胸の前で手を組み、祈りを捧げるルーカスを双子は不思議に思った。


「祈りだよ。今日もご飯が食べられることへの感謝をするんだ」


双子はポカンとしたが、顔を見合せて、ルーカスの見よう見まねで手を組んだ。ぎゅっと瞑る瞳。ゼラはそれを眺めるだけだった。


「さあ、食べよう」


ルーカスの一声で食事が始まった。口いっぱいに頬張る双子。静かに食べては、一瞬目を見開く魔女。ルーカスは満足気だった。


「……ルーカスと言ったな」


ゼラの呼び掛けにルーカスは顔をあげる。ゼラは部屋や食事を見渡した。


「掃除は好き?」


「好きです」


「洗濯は?」


「できます」


「料理」


「多少は作れます」


「……なるほど」



ゼラはそう言って紅茶を飲んだ。ストレートの紅茶は、ジャムトーストと相性抜群だった。


「ねえ師匠、ルーカスここに居てもらおうよ!」


メーアが声を張る。元気いっぱいの彼女の声はよく通った。


「ご飯おいしいし、僕もいてほしい」


エルデも続く。引っ込み思案な彼は、ちらっとルーカスを見てすぐに視線をゼラに戻した。

少し間が空いて、ゼラが口を開く。


「ここにおいてあげてもいい」


「ほんとですか!」


「ただし」


喜ぶルーカスの言葉を遮り、ビッと人差し指を立てる。


「雑用係ね」


「……ざ、ざつようがかり……」



落胆するルーカスを双子は覗き込む。俯いていたルーカスは、何かを決心したかのように立ち上がった。


「分かりました!雑用係でもこの家にいれるのなら、やります!」


双子から謎の拍手が飛んだ。


「そう」


ゼラは静かに食事を再開する。ルーカスは椅子に座り直し、トーストを齧る。


「これからよろしくお願いします、魔女様」


ルーカスの呼びかけにゼラは目をぎゅっと細める。


「その呼び名は嫌い」


「……では、なんてお呼びしたら、」


ゼラは小さくため息をついてから、ティーカップを置く。


「……ゼラ」


初めて名乗ったゼラに、ルーカスは満面の笑みを返した。


「よろしくお願いします、ゼラさん」


魔女はルーカスへ視線を向けるが返事をしない。ただ、ジャムトーストと紅茶を楽しみ、独り言を呟く。




「朝からうるさいのが三人に増えた」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。