第3話 対価
ゼラの言葉に、ルーカスは目を背けなかった。その瞳には、薄い水の膜が張っている。
「……臆病者のくせに、決意は固いようだな」
ゼラはルーカスから本を取り、本棚の奥へしまった。ベッドに立てかけてある、背丈ほどの杖を手に取る。
「青年、私についてこい」
ルーカスは無言のまま、ベッドから出る。
部屋には、空になったティーカップだけが残っていた。
ーーー
外に出ると、あたりは真っ暗だった。暗闇で聞こえるのは、風で葉が揺れる音のみだ。
ゼラは静かに揺れる湖を眺めた。ルーカスは拳を固く握り、ゼラに問う。
「……俺は、あなたに何を払えばいいんですか」
「私に払うのではない。魔法に払うんだ」
ゼラの口調が、わずかに強くなる。魔女は、ゆっくりと告げた。
「……お前の対価を言い渡す」
「お前が支払う対価は────お前の持つ、魔法のすべてだ」
ーーー
「……全魔力、」
ルーカスの指先が震える。月明かりに照らされた金色の瞳が、今だけはひどく恐ろしく見えた。
「……確かに俺は魔法士ですが、なぜそれがわかるんです」
「魔法因子がお前に集っている」
「見えるんですか」
「見えるから言っている」
ルーカスは、自分の掌を見つめる。
「……魔力を受け渡すと、どうなるんですか」
「ちがう」
ルーカスは顔を上げる。
「魔力だけではない。お前から魔法を扱う力、そのものが失われる」
ゼラの言葉に、ルーカスは息を飲んだ。ゼラは星々が輝く夜空へ視線を寄越し、静かに告げる。
「今後一切、魔法を使えなくなる」
ルーカスは目を見開く。時が止まっている感覚。心臓の鼓動が早くなった。
「……魔法が使えない」
「生涯使えない」
酷く冷淡な態度のゼラを、ルーカスは睨む。淡々と無慈悲な事実を言い渡すゼラに、無性に腹が立った。しかし、魔女は見定めるような目をしていた。
「これは契約だ。契約は破棄できない。戻すことも出来ない。……お前が決めることだ。やめるならさっさと出ていけ」
静寂の中、再び掌を見つめ、ルーカスは答えを出せずにいた。魔法を使うために、どれだけ練習したのだろう。何度、この手から魔法を放っただろう。それができなくなる自分など、考えたこともなかった。
ゼラは決断を急かさない。ルーカスをじっと見つめ、答えを待った。
「……それでも、俺は弟を捨てられない」
青年の赤い髪を風が撫でる。
「俺の魔法、すべてを対価にします」
決意の瞳は、水面のように揺れていた。
「そうか」
魔女の返事は呆気ないものだった。決断を褒めもしないし、貶しもしない。その様子は、妙に居心地が悪い。
「ルーカスといったな」
少しの間が空いて、ゼラは宣告する。先程とは違う、地を這うような低い魔女の声。
「────契約成立だ。願いには、それ相応の対価を。」




