第1話 森の魔女
ーーファテラス王国。
世界の中心にある、栄えた国。もとは農地が痩せ、病が蔓延する小国だった。本来なら繁栄など望めぬ土地だ。
それでもこの国は、大いなる力で発展してきた。
「はいはい奥さん。今日はどうしたんだい」
「畑が動物に荒らされちまってね。どうにかできるかい」
男は軽く頷き、畑に手をかざす。
「『アバード』」
男が詠唱すると、掌から淡い光が溢れ、畑は自我を持つように綺麗に耕されていく。
この国に集う大いなる力、それは「魔法」だ。
また、この国で魔法は“商品”。才能を持つ者が鍛錬を積み、奇跡を売ることで生計を立てる。魔法が普及し、長い年月をかけてファテラス王国は巨大国家へと成長した。
「はい直ったよ。50ペガだ」
「相変わらず高いねえ。でも魔法がなきゃ、生きていけないねえ」
人々は笑い、国は満ち足りている。
森に住む、たったひとりの魔女を除いて。
―――
森に囲まれた湖のほとり。水面に落ちた一枚の青葉が、静かに波紋を広げていく。
魔女、ゼラはそれを眺めながら、紅茶を口に運んだ。霧の森の冷気に、少し熱めの紅茶が湯気を揺らしている。
ゼラはこの大森林の主。白い肌に映える夜空のような深い藍色の髪、金色の瞳。彼女は、お気に入りのティーセットを並べ、今日も紅茶を啜る。
この森は、王国からほど近い場所にあるにも関わらず、ほとんどの者が近づけない。
理由は単純。ゼラが森全体を結界魔法で覆っているからだった。もっとも、その結界には一つだけ穴がある。ゼラ自身が決めた、酷く面倒な穴が。
ゼラが紅茶を飲み干した頃、茂みが揺れた。
風ではない。獣もゼラの存在を畏怖し、湖に近づかない。
ーー厄介ものが来たな。
ゼラはティーカップを置く。小さなため息をついた。
「悪いが、お前に出す紅茶はない。帰れ」
冷たく告げると、茂みは一層大きく揺れた。
姿を現したのは、赤髪の青年だった。履いているブーツは泥だらけ。長い距離を歩いたのか息切れしている。
「……ああ、本当にいた。集いの家の────」
言葉の途中で、青年は崩れ落ちた。ゼラは溜息を吐き、倒れた身体と湖畔の家を見比べる。
「……死体があっては、庭が汚れる」
仕方なく、ゼラは青年を抱え上げた。
―――
「……っ」
目を覚ました青年は、慌てて身を起こそうとし、顔を歪めた。
「動くな。骨にヒビがある」
ゼラはベッド脇の椅子に腰掛け、紅茶を啜る。
「ずいぶんとうなされていた。おかげで私のティータイムは騒がしかった」
青年は包帯を巻かれた腕を見つめた。グルグルと巻かれた包帯は、皺になったり隙間が空いていたり、随分テキトーなものだった。青年は恐る恐る尋ねる。
「……あなたが手当を?」
「私の庭は墓地じゃない」
ゼラの冷たい言葉に青年はたじろぐ。しばし沈黙の後、青年ははっとしたように顔を上げた。
「……あなたが“集いの家の魔女”なんですか?」
「その呼び名は嫌いだ」
ぴしゃりと即答するゼラに、青年は目を輝かせた。
「やっぱり……!」
「……青年、名前を名乗れ。常識を森に捨ててきたのか?」
青年は慌てて姿勢を正す。
「俺はルーカス。あなたに会うため、ファテラス王国から来ました」
ゼラはティーカップを置く。鋭い目が青年、ルーカスを刺した。
「……用件を言え」
拳を握りしめ、ルーカスは答える。
「────弟を、魔法で探してほしいんです」
ゼラは目を閉じ、静かに告げる。
「青年よ」
再び開かれた金色の瞳から、先程までの気怠さは消えていた。
「魔法は対価を喰らって、奇跡を与える」
一拍置き、ゼラは言い切った。
「お前に、対価を支払う覚悟はあるのか」
青年を射抜くゼラの視線は、冬の湖よりも冷たかった。




