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第12話 空虚の瞳

よく晴れた空。集いの家の庭で、ルーカスが洗濯物を干している。ローブにシワを作ると、怠惰な魔女が大変怒るため、伸ばしながら丁寧に干していく。つい先日、叱責されたばかりだった。


ーーあんなに言うなら、自分でやればいいのに


ルーカスはゼラを睨む。一方ゼラは、湖畔に設置されたテーブルセットで、ティータイムを楽しんでいた。白い丸机を、5つの椅子が囲んでいる。集いの家が見える位置が、ゼラの席だった。ちょうど木陰に隠れるその席は、森でいちばんのお気に入りだ。


ティーカップを持ち、紅茶の香りを楽しむ。片手には、ルーカスが焼いたスコーンをつまんでいる。風で、白いワンピースの裾がなびく。このシーンだけを切り取れば、一国の王女を思わせる美しさと威厳があった。しかし、この魔女はそうはいかない。


「雑用係、家からひざ掛け取ってきて」


「……そのくらい自分で取りに行ってください」


「遠い」


「目の前でしょ!」


ため息をつくルーカスに目もくれず、ゼラは、静かに集いの家を眺めていた。木造の二階建ての屋敷。趣のあるその建物は、ところどころ蔦が絡み、土台の隙間から野花が咲いている。


ーーこの家を建ててから、どれくらい経っただろうか。


ゼラの脳裏に、はじまりの日が蘇った。目を強く細める。こんなことを思い出して何になる。今日に限って、なぜ思い出す。ゼラの頭で、黒い渦が大きくなっていく。



「……師匠?」


幼い子どもの声に、ゼラの肩が跳ねた。視線を落とすと、「持ってきた!」とひざ掛けを抱きしめたエルデとメーアがいた。ゼラはひざ掛けを受け取り、双子の頭を撫でる。満足気に笑う二人。ゼラは、ただずっと撫で続けた。その瞳は、空虚だ。双子はその瞳の師を、見たことがなかった。


「師匠、大丈夫?」


「……なにが」


「エルデ、メーア。何かあったの?」


洗濯物を干し終わったルーカスが様子を見にきた。長いこと外で活動していたからか、その額は汗ばんでいる。腕まくりした袖を直し、双子とゼラを見比べた。


「師匠、なんかへん」


ゼラの周りに、三人の居候が集まる。顔を覗き込むメーア。首を傾げるエルデ。何か言いたげなルーカス。ゼラは、三人に見つめられ、居心地が悪く感じていた。


「何もない。少し身体がだるいだけ」


「師匠いつもじゃん!」


メーアははっとしてから、ルーカスの後ろに隠れる。ゼラの鋭い視線がメーアを刺していた。


「……昨日、大掛かりな魔法を使ったからよ」


ルーカスの指先がぴくりと動いた。ゼラと双子は気づかない。ゼラがルーカスを見上げた。貼り付いたような笑顔。ルーカスは何も言わない。風で揺れた木々から、乾いた葉の音だけが聞こえる。


「それで、お前たちはいつまで油を売ってるつもり」


ゼラの言葉に、双子はギクッと目を逸らした。


「早く勉強に戻りなさい」


「「あきちゃったんだもん」」


重なった双子の声に、ゼラは大きくため息をつき、強く目を細める。


「今から実践練習してもいいんだぞ」


それを聞いた瞬間、しっぽを巻いて双子は家に戻る。


魔女と青年は、双子を眺めたまま何も言わない。湖に、一枚の葉が落ちる。静かに波紋を広げ、やがて湖の底へ落ちていく。


「ミラーナちゃん、祭り楽しめたかな」


「……それは独り言か?」


「独り言です」


「そうか」


再び、静寂が戻る。空になったゼラのティーカップに、ルーカスが紅茶を淹れなおした。白い湯気が、二人の間を割いて空へ上っていく。


「気にならないんですか」


「独り言か?」


「質問です。今日一つ目の」


「依頼が終われば、私には関係ない」


ルーカスには、ゼラの答えが酷く淡々とした嘘に聞こえた。理由は分からない。嘘だと思いたかったのかもしれない。嘘をついていないとしたら、あの子と俺の対価は────。


「紅茶、美味しいですか」


「二つ目の質問か。及第点だ」


「手厳しいなあ」


笑いながら、ルーカスはゼラから離れた。その足は、集いの家へ向かっている。その顔に、笑顔はない。



ーーー



ルーカスが家に入り、庭にはゼラ一人が残っていた。その瞳には、四つの椅子がうつっている。


ーーこれはルーカスの分ね。


エルデとメーアが作った一つの椅子。白い丸机に似合わない、木製の不格好な椅子。それでもルーカスは、眩しい笑顔で座っていた。昨日の依頼から、ルーカスの様子がおかしい。それはゼラも分かっていた。そして、それはゼラも同じだった。


『友達が、いなくなるの』。


昨日から、この言葉が何度も頭の中で反復していた。その恐怖の名を、彼女は900年かけて学んだ。


「寂しい、か」


ゼラは席を立つ。

庭は、静かだった。



ーーー



お昼時、ルーカスはキッチンに立っていた。今日の昼食はポトフだ。人参、キャベツ、ベーコン、じゃがいも。鍋の中では、具だくさんのスープがことことと煮えている。


「できましたよ!」


スープとパン、サラダを大広間のテーブルへ運ぶ。双子はテーブルへ身を乗り出し、ゼラは心なしか機嫌がいい。


大きなテーブルを、四人が囲む。そして、ルーカスと双子が祈りを捧げる。ゼラは相変わらず、その様子を眺めるだけだった。


「さあ、食べよう」


ルーカスの掛け声に、食事が始まる。双子は、スープを頬張り、はふはふと口を動かす。


一方ゼラは、ポトフをスプーンでかき混ぜている。その目元は、ぎゅっと細められている。何か気に食わない時の、いつもの癖だった。



「相変わらず、人参が嫌いなんですねえ」



知らない声。先程まで影のひとつもなかった魔女の隣に、男が立っていた。褐色の肌に、眼鏡をかけた男。青年は思わず叫んだ。


「────だれ!!?」


魔女はため息をつき、一言。


「……厄介者どころか、胡散臭いメガネが来た」


ゼラは三つ目の質問に答える。双子は顔を見合わせ、男を囲む。


「「イェンだ!!」」


集いの森に、静寂は戻らない。


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