第13話 胡散臭い眼鏡
「お久しぶりです、ゼラさん」
褐色の肌に焦げ茶の髪。細いフレームの眼鏡をかけた長身の男。微笑んでいるような糸目は、ゼラに睨まれても変わらない。
その男は、いつの間にか、ではなく、一瞬でそこに現れた。ルーカスは状況が飲み込めない。
「お前、魔法で結界を超えるなと何度言ったらわかるんだ」
「結界のせいでここに辿り着けないと、前にもお伝えしましたよ」
「相変わらずよく回る口ね」
「お互い様でしょう」
口調だけなら、依頼人を追い返す時と大して変わらない。それでもルーカスには、まるで違って聞こえた。双子や自分と話す時と同じ、この家にいるゼラの声だった。
「それはそうと、美味しそうな料理ですね。あなたがこれを?」
置いてきぼりのルーカスに、男は問う。まごつきながらも、ルーカスは答えた。
「そ、そうです。……あの、ところであなたは?」
「ああ、失礼しました。まだ名乗っていませんでしたね」
男は、ルーカスに手を差し出した。
「イェンと申します。ゼラさんの友人です」
「いつから友人になったんだ、インチキ眼鏡」
未だに睨み続けるゼラに構うことなく、ルーカスとイェンは握手を交わす。細身に見える身体の割に、しっかりとした骨格の手だった。
「俺はルーカスです」
イェンは、名乗るルーカスをじっと見つめた。
「また拾ったんですか。双子の件といい、よく分からない人だ」
イェンの挑発に慣れているのか、ゼラは髪をひと束梳きながら淡々と答える。
「拾ってない。ちょうどいいから置いてるだけ」
「そんな犬猫みたいに……。一応、俺はゼラさんの弟子です」
「ちがうよ、雑用係だよ!」
「僕たちのご飯係」
どこからともなく現れる二人。年齢はともかく、子どもの純粋な一言はルーカスにぐさっと刺さっていた。
「なるほど。ゼラさん、家事はやらない……というか、できませんからね」
ゼラの大変不機嫌なオーラに、イェンは全く動じない。爆発寸前の魔女に、ルーカスは冷や汗をかく。そんな青年に、イェンは哀れみの笑みを向けた。
「ルーカスさん、苦労なさってるんですね」
イェンの一言が、天使の慰めのように聞こえた。握手する手を両手で持ち直し、ルーカスは涙ぐむ。
「はい……!!」
「二人とも、追い出すわよ」
この家に来てから久しぶりの丁寧な対応に、ルーカスは「いい人だ!」と完全に信じきっていた。
ーーー
ルーカスは、イェンにポトフを振る舞う。イェンは「おかまいなく」と言いながら、上着を脱ぎ、ちゃっかりゼラの隣に座った。
「とても美味しいです。ここで素敵な料理が食べられるなんて、思ってもみませんでした」
「それは挑発として捉えていいか?」
軽口を叩くイェンは、温かいスープを頬張る。じっくりと煮た野菜たちは、蕩けるように柔らかかった。
「……で、ちゃんと持ってきたんだろうな」
「ああ、もちろんですよ」
イェンは、椅子の隣に置いていた大きなバックパックに手を伸ばす。双子の背丈と変わらない荷物から、紙袋を取り出した。そして、それをゼラに渡す。
「なんですか?それ」
ルーカスはゼラの手元を見る。紙袋から取り出したのは、茶缶だった。ゼラは茶缶を開け、香りを確かめる。常に無表情の彼女の口元が、微かに緩んだ。
「ゼラさんに頼まれていた紅茶の茶葉です」
「……茶葉?」
「仕事柄、色々な地方に出向くので、おつかいをよく頼まれるんです」
ルーカスは、イェンをまじまじと観察する。七分丈の袖から覗く腕は、細身の印象に反して逞しい。上着を脱いだ姿は、旅慣れた人間らしく引き締まっていた。
「イェンさんは、何のお仕事を?」
「私は、旅をしながら運び屋をしています。交渉人として、交易の場に行くこともありますよ」
「運び屋……って、具体的に何を運ぶんです?」
質問責めをするルーカスに、ゼラと双子は顔を見合わせた。「また始まった」とでも言いたげな、呆れ顔だった。
「そうですねえ……最近の依頼ですと、鉱山地帯で取れた魔法石を王都に運んだり、赤砂の大地にガラス細工を届けましたね」
「ほとんど真反対の場所じゃないですか!」
ルーカスは、驚くあまり声を張り上げた。ゼラと双子は黙々と食事を続ける。その様子を見たイェンの口角が、にやりと上がる。
「そのついでに、わがまま魔女のおつかいの品や、お子さま用の土産を持って、この家に立ち寄るんです」
三人の食事の手が止まる。ゆらりと立ち上がった魔法士たちの鋭い睨みは、にやけ面の男へ向けられている。ゼラの手には、杖が握られていた。
「……その眼鏡、叩き割ってやる」
逃げ回るイェン。追いかけるゼラ。それに続く双子。唖然とするルーカス。
「……ゼラさんの友人が、いい人なわけないか……」
散らかる家に諦めを感じ、ルーカスはポトフを啜った。




