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忘却曲線上の悪役令嬢――死に戻るたび、世界は私を忘れていく  作者: 直助
第一幕 祝福なき王女

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第八話 変奏

 朝食を口へ運びながら、ユリアはぼんやりと机の上を眺めていた。


 焼きたてのパン。


 野菜のサラダ。


 それに、祝い料理の残り。


 ――このメニュー……。


 小さく呟き、ユリアは手を止める。


 二月一日の朝食。


 嫌でも、脳裏へ焼き付いていた。


 視線が、先ほどリゼに下げさせた料理へ向く。


 赤く艶めいた、トマトの蜜煮。


 甘ったるい香りまで、まだ部屋へ残っている気がした。


 ユリアは小さく俯く。


 ――審問の時……。


 リゼは、嘘をついていなかった。


 本当に、覚えていない。


 困惑していた表情。


 思い出そうとしていた仕草。


 その全てが、演技には見えなかった。


 ユリアは唇を噛む。


 ――じゃあ、

 どうして……。


 元日の記憶だけが、抜け落ちていたのか。


 答えの見えない疑問だけが、胸の奥へ重たく沈んでいった。



 扉がノックされた。


「失礼いたします」


 リゼが深々と頭を下げ、部屋へ入ってくる。


 ユリアは、まだパンを手にしたままだった。


 机の上には、食べかけの料理が残されている。


 リゼはその様子を見ると、少し不安そうに眉を下げた。


「お口に合いませんでしたか?」


 ユリアは小さく首を振る。


「いえ……」


「あまり食欲がなくて……」


「下げてもらえるかしら」



「承知いたしました」


 リゼは静かに答え、料理を片付け始めた。


 皿の触れ合う小さな音だけが、部屋へ響く。


 ユリアはパンを片手に持ったまま、ぼんやりと考え込んでいた。


 そんなユリアを見て。


 リゼが遠慮がちに顔を覗き込む。


「……大丈夫……ですか?」


 ユリアは視線を落としたまま、小さく返事をした。


「ええ……」


 それ以上、言葉は続かなかった。


 リゼは静かに料理を片付け終える。


 そして最後に深々と頭を下げると、そのまま部屋を後にした。


 その直後。


 再び、扉を叩く音が響いた。


「失礼いたします」


 今度、部屋へ入ってきたのはクルトだった。


 手に書類を抱えたまま、恭しく頭を下げる。


「ユリア様。

 二月のご予定でございますが――」


 二月一日。


 覚えのある光景だった。


 ユリアの瞳が、わずかに揺れる。


 ――成人の儀には、

 必ず出席しろと言われた……。


 前回の記憶が、脳裏を過る。


 けれど。


 クルトは何事もないように予定を読み上げていく。


「二月三日、

 議会関係者との夜会」


「二月八日、

 王宮礼拝――」


 淡々とした声。


 そして。


「二月十五日、

 成人の儀が執り行われます」


 ユリアは小さく眉をひそめた。


 だが、クルトはそのまま続ける。


「二月二十日――」


 予定は、静かに読み上げられていく。


 そして最後に。


「二月のご予定は以上です」


 部屋に短い沈黙が落ちた。


 ユリアは、ゆっくりとクルトへ視線を向ける。


 小さく頷いた。


 クルトは深々と頭を下げる。


 そのまま静かに部屋を後にした。


 扉が閉まる。


 ユリアは、その閉じられた扉をじっと見つめていた。



 自室へ静寂が戻る。


 ユリアは椅子へ座ったまま、ぼんやりと窓の外を見る。


 ――この日……。


 確か、庭へ出た。


 そして。


 エルザと出会った。


 あの時の光景が、脳裏へ蘇る。


 視線を逸らされたこと。


 関わるなと言われたこと。


 怒鳴り声。


 そして。


 ヴォルクナー家への憎しみ。


 ユリアは小さく俯いた。


 ――外へ出るのは、

 やめよう……。


 前回と同じ行動を繰り返してはいけない。


 そんな考えが頭を過る。


 けれど。


 すぐに別の不安が胸を締め付けた。


 ――でも……。


 ――どうしたらいいのよ……。


 このままだと。


 また――。


 そこまで考えたところで、ユリアは唇を噛む。


 答えは見つからない。


 静かな部屋の中。


 ユリアだけが、一人取り残されたように座っていた。



 気がつけば、窓の外は少し赤みを帯びていた。


 時計へ視線を向ける。


 既に昼を過ぎている。


 ユリアは椅子へ座ったまま、小さく息を吐いた。


 何も考えがまとまらないまま、時間だけが過ぎていく。


 その時だった。


 扉の外から、誰かの話し声が聞こえてきた。


 ユリアは顔を上げる。


 ――この声……。


 聞き慣れた声音だった。


 ――エア?


 ユリアは立ち上がる。


 理由の分からない不安と、わずかな寂しさが胸を掠めた。


 そのまま、自ら扉へ向かう。


 ゆっくりと扉を開けた。


 そこに立っていたのは、エアだった。


 けれど。


 エアはユリアの方ではなく、廊下の奥へ視線を向けている。


 まるで、誰かを引き留めようとしていたように。


「あっ……」


 エアが驚いたように振り返った。


 ユリアは不思議そうに首を傾げる。


「エア、どうしたの……?」


 エアは少し困ったような表情を浮かべる。


「エルザ様が……」


 その言葉に、ユリアは眉をひそめた。


 部屋の外へ視線を向ける。


 廊下の先。


 エルザが、早足で立ち去っていく背中だけが見えた。


 エアはその背中を見送りながら続ける。


「扉の前に立ってらして……」


「お部屋へ入られますかと、

 お声をかけたのですが……」


 ユリアは無言のまま、その背中を見つめていた。


 ――いったい、

 何が目的なの……?


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