第七話 復唱
窓際の卓上暦。
そこに記されていた日付を見て、ユリアは息を止めた。
一月三十一日。
窓の外は、まだ暗い。
静まり返った部屋の中。
ユリアは震える身体のまま、再び布団へ潜り込んだ。
――夢じゃない……。
――戻っている……?
頭の整理が追いつかない。
処刑されたはずだった。
刃が落ちた感触も、群衆の歓声も、まだ身体に残っている。
なのに。
自分はまた、一月三十一日の夜にいる。
ユリアはゆっくりと布団から出た。
机の上の水差しへ手を伸ばす。
震える指で水を注ぎ、一気に飲み干した。
冷たい水が、喉を通っていく。
それでも、胸のざわつきは収まらなかった。
ユリアは再び卓上暦を見つめる。
――あの時……。
三月三十一日。
処刑台。
冷たい刃。
群衆。
思い出した瞬間。
ユリアはそれを振り払うように、小さく首を振った。
そして。
脳裏へ、別の記憶が浮かぶ。
三月二十日。
審問。
その時――。
リゼは、元日のことを覚えていなかった。
ユリアは唇を噛む。
――誰かに、
証言するなと言われていた……?
けれど。
すぐに、その考えを否定する。
――いや……。
――そんなふうには見えなかった……。
あの時のリゼは、本当に困惑していた。
思い出せない。
そんな表情だった。
ユリアは俯く。
二月一日のことは覚えていた。
――やっぱり、
リゼは一度言われたことは忘れない人だ……。
なのに。
どうして――。
ユリアは考えを巡らせながら、再び布団へ潜り込んだ。
リゼ。
審問。
処刑。
何度考えても、答えは見つからない。
頭の中で、同じ光景ばかりが繰り返される。
――どうして、
元日の記憶だけ……。
考え続けるうちに。
いつの間にか、意識は途切れていた。
朝日が窓から差し込む。
そして。
扉を叩く音。
「……ん……」
ユリアはゆっくりと目を開けた。
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
重たい身体を起こし、寝台から降りる。
そのまま扉へ向かい、ゆっくりと開けた。
そこには、給仕のリゼが立っていた。
深々と頭を下げる。
「おはようございます、お嬢様」
聞き慣れた声だった。
「朝食のご用意をさせていただきます」
リゼは静かに部屋へ入り、朝食の準備を進めていく。
料理が、次々と机へ並べられていった。
その中の一つ。
銀皿の上には、赤く艶めいたトマトの蜜煮が載せられている。
甘ったるい香りが、部屋へ広がった。
ユリアは、その料理をじっと見つめる。
「ねぇ」
リゼの手が止まる。
「はい……」
ユリアは静かに口を開いた。
「そのトマトの蜜煮……」
「元日も出た……?」
リゼは少し考えるように視線を動かした。
「そうですね」
「新年のお祝いの料理ですので……」
「元日の朝食でも、お出ししております」
ユリアは唇を噛む。
「私……」
「トマトの蜜煮、嫌いなんだけど」
「その時、
私……何も言わなかった……?」
その瞬間。
リゼは慌てたように頭を下げた。
「申し訳ございません」
「覚えておらず……」
「すぐ、お下げします」
そう言うと、机へ置いたトマトの蜜煮を下げる。
ユリアは、その様子を黙って見つめていた。
――やっぱり、
覚えていない……。
リゼは再び朝食を並べ終えると、一礼して部屋を出ようとする。
その背中へ。
ユリアが声をかけた。
「元日……」
リゼが振り返る。
「本当に私、
何も言わなかった……?」
リゼは記憶を辿るように、少し視線を上へ向けた。
「好き嫌いに関することは……」
「いつもなら忘れないのですが……」
「どうだったか……」
困ったように眉を下げる。
ユリアは小さく息を吐いた。
「いいわ」
「ありがとう……」
そして、少し間を置く。
「あと……」
「今日って、何月何日?」
リゼはきょとんと目を瞬かせた。
「二月一日でございます」
「……そう」
ユリアは小さく返事をした。
リゼは深々と頭を下げ、静かに部屋を後にする。
扉が閉まる。
ユリアはゆっくりと窓際へ歩み寄った。
卓上暦へ手を伸ばす。
毎朝、自分で捲っている日付。
指先で一枚、静かに捲る。
二月一日。
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