第六話 復調
給仕のリゼが、審問室へ通された。
どこか怯えたような表情のまま、用意された席へ腰を下ろす。
クラウスは静かにリゼを見つめた。
「リゼに聞きます」
「あなたは、
元日の朝のことを覚えていますか」
リゼは一瞬困ったような表情を浮かべる。
そして、小さく首を振った。
「いいえ……」
「あまり覚えておりません」
その言葉に。
ユリアの瞳が大きく揺れた。
クラウスは淡々と続ける。
「新年の祝賀会が開かれていた時間」
「王女殿下は、
自室にいましたか?」
リゼはさらに首を傾げる。
曖昧な記憶を探るように、視線を彷徨わせていた。
その瞬間。
ユリアが勢いよく立ち上がる。
「トマトの蜜煮!」
室内へ鋭い声が響いた。
「元日の朝、
あなたが持ってきた時!」
「私、怒鳴ったわよね!?」
「二度と出すなって!」
「覚えてるわよね!?」
リゼは驚いたように目を瞬かせる。
そして、戸惑いながら答えた。
「二月一日にお出しした際には……」
「確かに、ご指摘を受けました」
「それは覚えております」
ユリアの表情へ、わずかな希望が灯る。
だが。
次の言葉が、それを打ち砕いた。
「ただ……」
「元日の朝が、
どうだったかは……」
リゼは困ったように眉を下げる。
「申し訳ありません。
覚えておりません」
ユリアの顔から、血の気が引いていく。
「そんな……」
立ち尽くしていたユリアを、兵士たちが押さえつけた。
再び席へ座らされる。
クラウスは静かにリゼへ視線を向けた。
「証言、感謝します」
「それで結構です」
リゼは小さく頭を下げる。
一度もユリアと目を合わせないまま、兵士に促されて部屋を後にした。
重たい沈黙が落ちる。
クラウスは、静かにユリアを見つめた。
「元日の朝、
王女殿下が自室にいたという証拠は存在しない」
ユリアは声を張り上げる。
「待ってください!」
「誰か……!」
「誰か、証言してくれる人がいるはずです!」
だが。
クラウスは感情を変えない。
「国家反逆罪を覆す証言は得られませんでした」
クラウスの声が、静まり返った室内へ響く。
「これにより」
「王女殿下への嫌疑は、
確定したものと判断します」
ユリアの呼吸が止まる。
嫌な汗が、背中を伝っていた。
クラウスは淡々と続ける。
「判決を言い渡します」
その瞬間。
ユリアは勢いよく立ち上がった。
「ちょっと待って!」
声が震える。
「私は――!」
最後まで言い切る前に。
背後の兵士たちが動いた。
肩を強く押さえつけられる。
「離して!」
ユリアは抵抗する。
けれど、兵士たちは容赦なくその身体を席へ押し戻した。
クラウスは表情一つ変えない。
「ユリア・フォン・ライヘンバッハ」
一瞬の静寂。
そして。
「国家反逆罪により、死刑に処す」
その言葉が告げられた瞬間。
ユリアの身体から、力が抜けた。
崩れるように、椅子へ身体を預ける。
視界が揺れる。
頭の中が、真っ白になっていく。
――どうして……。
喉が震える。
けれど、声にならなかった。
判決が言い渡された後。
ユリアは、兵士たちに両脇を抱えられるようにして部屋を後にした。
足に力が入らない。
長い王宮の廊下が、ひどく歪んで見えた。
誰も何も言わない。
響くのは、鎧の擦れる音と靴音だけ。
やがて。
ユリアは自室へ戻された。
兵士たちは半ば投げ出すように、ユリアを椅子へ座らせる。
ユリアは力なく俯いていた。
視界がぼやける。
頭の中では、先ほどの言葉だけが何度も反響していた。
――死刑。
クラウスが静かに口を開く。
「三月三十一日に刑を執行します」
ユリアの肩が、小さく震える。
「それまでは、
引き続きこちらで監視下に置かせていただきます」
事務的な声音だった。
「それでは」
クラウスは短くそう告げる。
そのまま兵士たちを引き連れ、静かに部屋を後にした。
扉が閉まる。
重たい音が、部屋の奥へ沈んでいった。
その後の記憶は、曖昧だった。
何を食べたのか。
何を話したのか。
ほとんど覚えていない。
ただ。
卓上暦だけが、静かに捲られていった。
三月二十一日。
三月二十二日。
三月二十三日。
…………
――そして。
三月三十一日。
不意に。
扉を叩く音が響いた。
ユリアはゆっくりと顔を上げる。
返事を待たず。
扉が開かれた。
入ってきた兵士たちは無言のまま、ユリアの両脇を掴む。
そのまま部屋の外へ連れ出した。
長い王宮の廊下。
力なく歩かされながら、ユリアはぼんやりと前を見つめる。
やがて。
外へ出た。
冷たい風が頬を打つ。
そして。
広場。
群衆の沸き立つ声が、一気に耳へ流れ込んできた。
ユリアの瞳が揺れる。
――あの時の……。
夢で見た光景。
処刑台。
歓声。
押し寄せる人々。
兵士たちは、そのままユリアを処刑台へ連れていく。
「私は……」
か細い声が漏れる。
「私は何もしていない……」
「どうして、
私が……」
その時。
執行人の声が、広場へ響き渡った。
「国家反逆罪により――」
張り詰めた空気。
「ユリア・フォン・ライヘンバッハの処刑を執行する!」
群衆が沸き立つ。
ユリアは兵士たちに押さえつけられ、そのままギロチン台へ固定された。
視界が涙で滲む。
ユリアの瞳は、
光の加減で蒼銀に揺らめいていた。
――夢が、
現実になった……?
――それとも……。
――夢じゃ、
なかった……?
高く持ち上げられた刃が、陽光を鈍く反射する。
ユリアは、ゆっくりと目を閉じた。
次の瞬間。
刃が、落ちた。
――はっ。
ユリアは息を呑むようにして目を開けた。
暗い。
荒い呼吸と共に、震える手を喉へ当てる。
冷たい刃が落ちた感触が、まだ首に残っていた。
「ぁ……」
掠れた声が漏れる。
痛みはない。
けれど。
確かに、自分は死んだはずだった。
――夢……?
震える指先のまま、ユリアはゆっくりと視線を上げる。
窓際の卓上暦。
そこに記されていた日付を見て、ユリアは息を止めた。
一月三十一日。
毎朝、自分で捲っているはずの日付。
――そんな……。
喉がひくりと震える。
――また、
あの時の……。
――夢じゃない……。
――戻っている……?
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