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忘却曲線上の悪役令嬢――死に戻るたび、世界は私を忘れていく  作者: 直助
第一幕 祝福なき王女

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第五話 導音

 ユリアは、窓際の卓上暦へ手を伸ばした。


 一枚、静かに捲る。


 三月十六日。


 捲られた紙が、小さな音を立てて揺れた。


 ――きっと、大丈夫よ。


 ――私は、何もしていない。


 その言葉だけが、昨日から何度も頭の中を巡っていた。


 普段と何も変わらない。


 いつも通り、部屋で過ごすだけ。


 けれど。


 部屋の外には、騎士たちがいる。


 それだけで、落ち着かなかった。


 不意に、扉を叩く音が響く。


 ユリアは肩を揺らし、扉の方を見る。


 返事を待たず、扉が開かれる。


 入ってきた騎士は無言のまま、朝食の載った台を部屋の脇へ置いた。


 それだけで、すぐに出ていく。


 閉じられた扉の向こうから、鎧の擦れる音だけが聞こえた。


 ユリアは静かに立ち上がる。


 台の上の朝食を机へ運んだ。


 パン。


 サラダ。


 温かなスープ。


 いつもと変わらないはずの食事。


 けれど。


 スープを口へ運んでも、味はほとんど感じなかった。


 パンを小さく齧る。


 その時。


 不意に、ある考えが脳裏をよぎる。


 ――もし……。


 ――あの処刑が、

 本当に夢じゃなかったら……。


 ユリアはゆっくりと目を閉じた。


 それまでに起きた出来事を、必死に思い出そうとする。


 処刑台。


 冷たい刃。


 群衆。


 そして――。


 審問。


 その瞬間。


 曖昧だった記憶が、微かに繋がった。


 ――新年の祝賀会……。


 誰かと接触していたのかと、問い詰められた。


 ユリアは眉をひそめる。


 ――私は、部屋にいた。


 ――ああいう行事には出ないもの。


 それを証明できるもの。


 必死に思考を巡らせる。


 そして。


 脳裏へ、赤い料理が浮かんだ。


 ――トマトの蜜煮……。


 リゼに、

「二度と出すな」と怒鳴った。


 あれは、元日の朝だったはず。


 新年の祝賀会は、既に始まっていた時間。


 リゼは、ユリアが式典へ参加しないことを知っている。


 だから、あの時間に朝食を運んできた。


 ユリアの指先は、わずかに震えていた。


 それでも。


 胸の奥に、微かな安堵が灯る。


 ――大丈夫よ。


 ――証言してもらえればいい。


 ユリアは小さく息を吐いた。


 ほんの少しだけ、表情が和らいでいた。



 それから数日。


 ユリアは、毎朝同じように卓上暦を捲っていた。


 三月十七日。


 三月十八日。


 三月十九日。


 日付だけが、静かに進んでいく。


 そのたびに。


 胸の奥へ、重たい不安が積み重なっていった。


 そして――。


 窓から朝日が差し込む。


 ユリアは、卓上暦へ静かに手を伸ばした。


 一枚、捲る。


 三月二十日。


 審問の日。


 ユリアは、その日付をじっと見つめていた。


 不意に。


 扉を叩く音が響く。


 ユリアの肩が、小さく揺れる。


 ――朝食……。


 そう思った。


 だが。


 返事を待たず、扉が開かれる。


 入ってきたのは、クラウスだった。


 背後には、騎士団の兵士たちが控えている。


 クラウスは静かに頭を下げた。


「王女殿下」


「今から審問を行います」


 感情のない声。


「それでは、別室へ」


 そう告げると、クラウスは踵を返した。


 ユリアは無言のまま立ち上がる。


 兵士たちに促されるようにして、部屋の外へ出た。


 長い王宮の廊下。


 左右を兵士に挟まれながら、ユリアは静かに歩いていく。


 足音だけが、冷たく響いていた。



 ユリアは、審問の行われる部屋へ通された。


 重厚な扉が閉まる。


 薄暗い室内には、既に数人の人影があった。


 正面の席には、

 すでにもう一人の審問官が座っていた。


 その隣へ、クラウスが静かに腰を下ろした。


 さらに少し後方。


 書記官。


 そして、国王付き秘書官ティル・ヨナグリンの姿がある。


 ティルは無表情のまま、静かにユリアを見つめていた。


 ユリアは兵士に促され、部屋の中央に置かれた席へ座らされる。


 兵士たちは、そのまま背後へ立った。


 逃げ場など、どこにもない。


 クラウスが静かに口を開く。


「これより、審問を開始します」


 冷たい声だった。


「あなたは、

 ユリア・フォン・ライヘンバッハ殿下で間違いありませんね」


 ユリアは小さく唇を動かす。


「ええ……」


 クラウスは手元の書類へ視線を落とした。


「王女殿下には、

 リートベルク王国に対する国家反逆の疑いがかけられております」


 室内の空気が、さらに重くなる。


「新年の祝賀会の際」


「シャンテール王国の使節団と接触し」


「我が国の機密情報を渡していた」


「そのような証言が得られています」


 ユリアの瞳が大きく揺れた。


 思わず立ち上がる。


「私は祝賀会には出席しておりません!」


 その瞬間。


 背後の兵士たちが動く。


 肩を押さえつけられ、ユリアは再び席へ座らされた。


 荒くなった呼吸を押さえながら、ユリアはクラウスを睨みつける。


「給仕のリゼを呼んでください」


「私が祝賀会へ出席していないことを、

 証言してくれます」


ここまで読んでいただきありがとうございます。


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