表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘却曲線上の悪役令嬢――死に戻るたび、世界は私を忘れていく  作者: 直助
第二幕 戴冠の資格

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
63/64

第六十三話 帰郷

 リートベルク王国。


 ティルの執務室。


 ティルは執務机に向かい、手元の書類へ目を通していた。


 扉を叩く音が響く。


「入れ」


 扉が開いた。


 姿を現したのは、近衛騎士団長だった。


「お呼びでしょうか」


 団長はそう言いながら、執務机の前まで歩み寄る。


 ティルは書類から目を離し、団長へ視線を向けた。


「シュテルンハイムへの追加派兵が」


「近いうちに始まる」


 団長は黙って続きを待つ。


「その際に」


「近衛騎士団から一個小隊」


「派遣軍の中に紛れ込ませてくれ」


 団長の表情が僅かに変わった。


「はい……」


「それは構いませんが……」


 少し間を置く。


「どういった意図でしょうか?」


 ティルは椅子の背へ身体を預けた。


「ここ数か月のうちに」


「戦争が起きる」


 団長が僅かに眉をひそめる。


「戦争……ですか……?」


「ああ……」


 ティルは淡々と答えた。


「そんな臭いがする」


 団長はしばらく黙っていた。


 そして、思い出したように口を開く。


「そういえば」


「風の噂で耳にしましたが……」


「シュテルンハイムには」


「かなりの数の兵が追加で派遣されると」


 ティルは何も答えない。


 団長は続けた。


「軍務卿は」


「納得されたのですか……?」


 ティルは小さく鼻で息を吐いた。


「奴が納得するわけがないだろう」


 そして、机の上の書類へ視線を落とす。


「ただ……」


「もう決まったことだ」


 団長は黙ってティルを見る。


「これを機に」


「軍務院の王宮への影響力も、さらに弱める」


 ティルは静かに続けた。


「エルドマンも……」


「いずれは国境警備の現場で」


「指揮にでも当たってもらうさ」


 団長の表情が僅かに強張る。


 しかし。


 何も言わなかった。


 ティルは再び団長へ視線を向ける。


「話を戻そう」


「さっきの件だが」


「頼んだぞ」


 団長は姿勢を正した。


「かしこまりました」


 深く頭を下げる。


 そして。


 そのまま執務室をあとにした。




 シュテルンハイム王国。


 ユリアとモシェルは、懇談の部屋へ戻った。


 どうやら。


 休憩と言いながら、話はほとんど途切れていなかったらしい。


 アルベリヒと外務卿。


 そして軍務卿は、変わらず卓を囲んで話を続けていた。


 ユリアはその様子を見て、小さく息をつく。


 ――本当に休憩してないじゃない……。


 それでも、自分の席へ戻った。


 モシェルも再び外務卿の隣へ腰を下ろす。


 そこから話し合いが再開された。


 想定外の事態が起きた場合の対応。


 現地で判断できる範囲。


 そして、リートベルクへ持ち帰り、軍務卿へ確認しなければならない事項。


 一つずつ整理されていく。


 ユリアも必要な内容を書き留めながら、そのやり取りに耳を傾けた。


 それから、さらに時間が過ぎ。


 昼を過ぎた頃。


 ようやく一通りの話がまとまった。


 アルベリヒは手元の書類を揃える。


「ひとまず」


「このあたりでしょうか」


 シュテルンハイムの外務卿が頷いた。


「ええ」


「必要な確認はできたと思います」


 アルベリヒも頷く。


「残った細かなやり取りについては」


「書簡でも問題ないでしょう」


 そして、外務卿と軍務卿へ視線を向けた。


「今後の運用について」


「よろしくお願いいたします」


 外務卿が席を立つ。


「こちらこそ」


「よろしくお願いいたします」


 軍務卿もそれに続いた。


 アルベリヒも立ち上がり、それぞれと握手を交わす。


 モシェルも席を立った。


 ユリアもそれに倣い、外務卿や軍務卿へ挨拶をする。


 そして最後にモシェルと言葉を交わした。


「ありがとうございました」


 モシェルが小さく頭を下げる。


「こちらこそ」


 ユリアも頭を下げた。


 挨拶を終えたところで。


 アルベリヒがユリアへ顔を向ける。


「いい時間だ」


「そろそろ帰る支度をしよう」


 ユリアは頷いた。


「ええ」


 二人は懇談の部屋をあとにした。


 その後、客室へ戻って荷物をまとめる。


 出発の準備を済ませると、王宮の正面玄関へ向かった。


 外へ出ると。


 すでに帰路につくための馬車が用意されていた。


 その周囲では、護衛の騎士たちも出発の準備を整えている。


 アルベリヒとユリアは、馬車へ向かって歩いていった。


 見送りには。


 シュテルンハイム国王と王妃。


 外務卿、モシェル。


 そして、テレーゼの姿もあった。


 アルベリヒは国王の前で足を止める。


 二人は固く握手を交わした。


「リートベルク国王陛下と」


 国王は少し間を置く。


「フレイアにも、よろしくお伝えください」


 アルベリヒは頷いた。


「承知いたしました」


 続いて、簡単な別れの挨拶を交わしていく。


 ユリアはふと、テレーゼへ視線を向けた。


 目が合う。


 テレーゼは何も言わなかった。


 ユリアも言葉にはしない。


 ただ。


 昨夜の約束を確かめるように、小さく頷いた。


 テレーゼの表情が、僅かに和らいだ。


 最後に、モシェルが二人のもとへ歩み寄る。


 手には、小さな包みを二つ持っていた。


「こちらを」


「道中で食べてください」


 アルベリヒが包みを受け取った。


「ありがとう」


 ユリアも一つ受け取る。


「ありがとうございます」


 モシェルは静かに頭を下げた。


 アルベリヒも軽く頭を下げる。


「では」


「またな」


 二人は馬車へ乗り込んだ。


 向かい合うように席へ腰を下ろす。


 やがて。


 馬車がゆっくりと動き始めた。


 ユリアとアルベリヒは窓の外へ顔を向ける。


 見送る者たちへ、もう一度頭を下げた。


 馬車は王宮の前庭を進み。


 大きな城門を抜けていく。


 少しずつ、王宮が遠ざかっていった。


 ユリアは窓の外を眺めながら呟く。


「また、ここから長いのね……」


 アルベリヒが小さく息をついた。


「まあ」


「仕方ないさ」


 ユリアは少しの間、外を眺めていた。


 しかし。


 すぐに手元の包みへ視線を落とす。


「お腹空いたわ」


 包みを開いた。


 中には、薄く切ったパンに燻製肉とチーズを挟んだものが入っていた。


 ユリアは迷うことなく口に運ぶ。


 アルベリヒも自分の包みを開いた。


「さっきまで王宮にいたとは思えないな」


 ユリアがパンを頬張ったまま、アルベリヒを見る。


「いいじゃない」


「もう仕事は終わったんだから」


 アルベリヒは小さく笑い、自分もパンを口にした。


 馬車は王都の石畳を進んでいく。


 見慣れ始めていた街並みが、ゆっくりと後ろへ流れていった。


 やがて。


 王宮の尖塔も、建物の向こうへ姿を消す。


 ユリアは窓の外を眺めたまま、何も言わなかった。


 国王の言葉。


 テレーゼから託された思い。


 そして。


 モシェルの警告。


 シュテルンハイムで得たものを胸に抱えたまま。


 馬車は、リートベルクへの帰路を進んでいった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ