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忘却曲線上の悪役令嬢――死に戻るたび、世界は私を忘れていく  作者: 直助
第二幕 戴冠の資格

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第六十四話 郷愁

 シュテルンハイム王宮を出た馬車は、そのまま王都を抜けていった。


 石造りの建物が並ぶ街並みが、少しずつ後ろへ流れていく。


 やがて城壁を抜けると。


 景色は広い街道と、その周囲に広がる田畑へと変わった。


 ユリアは窓の外を眺める。


 つい数日前に通ったばかりの道。


 行きとは反対の方向へ、馬車は進んでいく。


 その日の夕方。


 一行はシュテルンハイム領内の宿場町へ到着した。


 宿で一晩を過ごし。


 翌朝。


 再び馬車へ乗り込む。


 街道を進み。


 いくつかの小さな村を通り過ぎ。


 昼を過ぎた頃には、国境が近づいてきた。


 やがて。


 前方に見覚えのある関所が姿を現す。


 馬車は速度を落とし、その前で止まった。


 行きと同じように、両国の兵士による確認が行われる。


 しばらくして。


 馬車は再び動き始めた。


 国境を越える。


 シュテルンハイム王国を離れ。


 再び、リートベルク王国へ入った。


 ユリアは窓の外へ目を向ける。


「戻ってきたのね……」


 アルベリヒも外を眺めながら頷いた。


「ああ」


「まだ王都までは遠いけどな」


 ユリアは小さく息を吐いた。


「分かってるわよ……」


 馬車はそのまま街道を進み続ける。


 日が傾き始める頃には。


 一行は、往路でも立ち寄った宿場町へ辿り着いた。


 宿を取り。


 そこで、もう一晩を過ごす。


 そして翌朝。


 一行は再び王都へ向けて出発した。


 見覚えのある街道を。


 今度は帰るべき場所へ向かって。


 馬車は静かに進んでいった。



 翌日も。

 馬車は王都へ向かって街道を進み続けた。


 途中で何度か休憩を挟みながら。


 見覚えのある村を通り。


 いくつもの道を越えていく。


 やがて。


 窓の外が、少しずつ暗くなり始めた頃。


 前方に王都の街並みが見えてきた。


 ユリアは窓へ顔を近づける。


「やっと着いた……」


 アルベリヒも窓の外へ目を向けた。


「思っていたより遅くなったな……」


 少し考える。


「このまま、直接家に向かうか」


 ユリアが頷いた。


「ええ」


 アルベリヒは窓を少し開けると、御者へ声をかけた。


 馬車は王宮へ向かう道から外れ。


 ユリアの暮らす家へと進んでいった。


 しばらくして。


 見慣れた建物の前で、馬車が止まる。


 バルベルの家だった。


 ユリアは荷物を持って馬車を降りる。


 アルベリヒが車内から声をかけた。


「書類は俺の方で整理しておく」


 ユリアが振り返る。


「明日」


「ティルへの報告と」


「軍務院への確認を済ませよう」


 ユリアは頷いた。


「分かったわ」


 そして、軽く手を上げる。


「それじゃあ」


「また明日」


「ああ」


 アルベリヒも片手を上げて応えた。


 馬車が再び動き出す。


 ユリアはその場に立ったまま、少しの間その姿を見送った。


 やがて。


 馬車は通りの向こうへ消えていった。


 ユリアは家へ視線を戻す。


 ――帰ってきたのね……。


 扉を開け、中へ入った。


「ただいま戻りました」


 声をかける。


 奥から物音が聞こえた。


 バルベルが、ちょうど夕食の片付けをしているところだった。


 ユリアの姿に気づくと、驚いたように顔を上げる。


「おや!?」


「今日戻りだったのかい?」


 ユリアは少し困ったように笑った。


「私も」


「予定がよく分かっていなくて……」


 バルベルは呆れたようにユリアを見る。


「自分が帰ってくる日くらい」


「聞いておきなよ」


「……すみません」


 バルベルは小さく息をついた。


 しかし。


 すぐに片付けていた食器を置く。


「まあ、いいさ」


「簡単なものになるけど」


「今から何か作るよ」


 そう言うと、再び調理場へ向かった。


 ユリアは申し訳なさそうにその背中を見る。


 さすがに今から作ってもらうのは悪い。


 そう思う一方で。


 長い馬車旅を終えた身体は、正直だった。


「……ありがとうございます」


 バルベルは振り返ることなく、料理の準備を始めた。


 ユリアは荷物を置く。


 久しぶりに戻った家の空気に。


 ようやく、本当に帰ってきたような気がした。



 その頃。


 アルベリヒを乗せた馬車は、王宮へと辿り着いていた。


 辺りは、すっかり暗くなっている。


 馬車が正面玄関の前で止まると、アルベリヒは荷物を手に外へ降りた。


 そして、御者と護衛の騎士たちへ顔を向ける。


「長旅、ご苦労だった」


「ありがとう」


 騎士たちが頭を下げる。


 アルベリヒも軽く会釈をすると、王宮の中へ入っていった。


 夜の王宮は静かだった。


 昼間と比べ、人の姿も少ない。


 アルベリヒは荷物を手に、執務室へ向かって廊下を歩いていく。


 すると。


 前方から、一人の男が歩いてきた。


 ティルだった。


 アルベリヒはその姿に気づく。


 ティルも、こちらへ視線を向けた。


 二人の距離が近づく。


 アルベリヒは軽く会釈した。


 すれ違う直前。


 互いに足を止める。


「今、帰ったところか……?」


 ティルが尋ねた。


 アルベリヒは僅かに間を置く。


「……ええ」


 ティルはいつもと変わらない様子だった。


「会談は上手くいったか……?」


「ええ」


 アルベリヒが答える。


「特に問題なく」


「細かな確認事項については、こちらでまとめて」


「また明日、お持ちします」


 ティルは小さく頷いた。


「分かった」


 そして。


 アルベリヒの肩を軽く叩く。


「よろしく頼む」


 アルベリヒは何も言わず、僅かに頭を下げた。


 ティルはそのまま歩き出す。


 アルベリヒも再び執務室へ向かおうとした。


 しかし。


 数歩進んだところで、足を止める。


 ゆっくりと振り返った。


 廊下の向こうへ遠ざかっていく、ティルの背中。


 アルベリヒは何も言わない。


 ただ。


 その姿が見えなくなるまで。


 黙って、ティルの背中を見つめていた。



 ティルはアルベリヒと別れたあと。


 そのまま王妃の部屋へ向かった。


 扉の前で足を止める。


 そして、静かに扉を叩いた。


「どうぞ」


 中から声が聞こえる。


 ティルは扉を開き、部屋へ入った。


 フレイアは窓際の椅子に腰を掛けていた。


 ティルは軽く頭を下げる。


「アルベリヒが戻ってきました」


 フレイアが顔を上げた。


「会談は上手くいったようです」


 その言葉を聞くと。


 フレイアは僅かに表情を緩めた。


「そう……」


「よかった」


 少しの沈黙。


 フレイアは視線を落とした。


「私が幼かった頃のシュテルンハイムは」


「今より、ずっと貧しかった」


 ティルは黙って聞いている。


「戦火も……」


「すぐ近くにあった」


 フレイアはゆっくりと息を吐いた。


「もう二度と……」


「あんな国にはしたくない……」


 ティルは僅かに目を伏せた。


「そう……ですね」


 そして、いつもと変わらない声で続ける。


「きっと」


「より良い方向へ向かいます」


 フレイアは何も答えなかった。


 ティルは軽く頭を下げる。


「それでは」


 そのまま部屋をあとにした。


 扉が閉まる。


 部屋の中に静けさが戻った。


 フレイアはしばらく、その場から動かなかった。


 やがて。


 ゆっくりと立ち上がる。


 そして、窓の前まで歩いていった。


 暗い王都を見下ろす。


 ――ライヘンバッハ国王と王妃を……。


 ――殺してまで……。


 手に入れたもの。


 王位。


 平穏。


 そして。


 シュテルンハイムを守るための力。


 フレイアは窓の外を見つめたまま、僅かに唇を噛んだ。


 ――このまま……。


 ――いつまでも……。


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