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忘却曲線上の悪役令嬢――死に戻るたび、世界は私を忘れていく  作者: 直助
第二幕 戴冠の資格

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第六十二話 警告

 朝。


 ユリアは眼鏡を掛けると、寝台から起き上がった。


 ふと、部屋の卓に置かれた卓上暦へ目を向ける。


 ユリアはそこへ歩み寄り、一枚捲った。


 二月十九日。


 日付を確認したところで。


 ユリアはふと首を傾げる。


 ――そういえば……。


「今日の予定……」


「何も聞いてないわね」


 一人でそう呟いた。


 着替えを済ませると、部屋を出る。


 向かったのは、隣のアルベリヒの部屋だった。


 扉を叩く。


 しかし。


 すぐには返事がない。


 ユリアはしばらく待った。


 すると、中から僅かに声が聞こえたような気がした。


「開けるわよ」


 そう声をかけながら、ユリアは扉を開いた。


 部屋へ入る。


 アルベリヒは寝台に腰を掛け、俯いていた。


 ユリアはその姿を見つめる。


 そして、大きく息を吐いた。


「飲み過ぎなのよ……」


 呆れながら、アルベリヒへ近づく。


「大丈夫なの?」


 アルベリヒは顔を上げることなく、片手を軽く上げた。


「すまない……」


「少し気分が悪いだけだ」


 ユリアは呆れたようにアルベリヒを見る。


「それで」


「今日の予定……」


「何も聞いてないんだけど……」


 アルベリヒがゆっくりと顔を上げた。


「もう少ししたら」


「迎えが来るはずだ」


 ユリアは黙って続きを待つ。


「朝食を取ってから」


「外務卿との懇談がある」


 ユリアはアルベリヒの顔をじっと見つめた。


「……その状態で?」


 アルベリヒは再び俯いた。


 そうしていると。


 扉を叩く音が響いた。


 ユリアが返事をする。


「はい」


 扉が開き、侍女が姿を見せた。


「朝食のご用意ができております」


「ご案内いたします」


 それを聞くと、アルベリヒはゆっくりと立ち上がった。


 まだ少し足元がおぼつかない。


 ユリアはその様子を見て、ため息をつく。


 アルベリヒは侍女のあとへ続いた。


 ユリアも、その後ろを歩いていく。


 案内された部屋には、すでに朝食が用意されていた。


 アルベリヒは席につくなり、用意されていた水へ手を伸ばした。


 杯へ注ぎ、そのまま口にする。


 ユリアも向かいの席へ腰を下ろした。


 そして、朝食へ手を伸ばす。


 しばらく食事を続けていると。


 アルベリヒの顔色も、少しずつ戻ってきた。


「懇談が終わったら」


「シュテルンハイムを出る」


 ユリアがアルベリヒを見る。


 アルベリヒは水をもう一口飲んでから続けた。


「できれば」


「昼過ぎには出たいところだな」


 ユリアは朝食を頬張ったまま、小さく頷いた。


 朝食を終えると、二人は部屋を出た。


 廊下には、護衛の騎士たちも控えていた。


「こちらへどうぞ」


 侍女が先に歩き出す。


 アルベリヒとユリア。


 その後ろを護衛の騎士たちが続く。


 一行は、懇談が行われる部屋へと向かった。


 懇談の部屋へ着くと。


 護衛の騎士たちは、扉の前で足を止めた。


 アルベリヒとユリアだけが中へ入る。


 部屋では、すでにシュテルンハイムの外務卿とモシェルが席についていた。


 二人はアルベリヒたちの姿を見ると、立ち上がる。


 簡単な挨拶を交わしたところで。


 モシェルがアルベリヒの顔を見つめた。


「大丈夫ですか?」


 アルベリヒが僅かに眉を上げる。


 モシェルは少し笑う。


「昨夜は、随分飲まれていましたから」


 アルベリヒは苦笑いを浮かべた。


「もう大丈夫だ」


 そう答えると、四人はそれぞれ席についた。


 懇談は、アルベリヒとシュテルンハイムの外務卿を中心に進められた。


 前日に結ばれた協定の内容を改めて確認しながら。


 追加で派遣される兵の受け入れ時期。


 必要となる物資。


 今後の支援について。


 一つずつ、実務的な話が交わされていく。


 ユリアはアルベリヒの隣で、そのやり取りを聞いていた。


 向かいでは、モシェルが必要な内容を書き留めている。


 時折。


 確認のためにモシェルが口を挟み。


 アルベリヒや外務卿が答える。


 そんなやり取りが、しばらく続いた。


 やがて。


 扉を叩く音が響いた。


 外務卿が返事をすると、扉が開く。


 一人の男が部屋へ入ってきた。


 シュテルンハイムの軍務卿だった。


 軍務卿は軽く頭を下げる。


「遅くなりました」


 外務卿が軍務卿へ席を勧めた。


 軍務卿が腰を下ろすと、話題は派遣軍の運用へ移っていく。


「確認しておきたいことがあります」


 軍務卿が卓上の書類へ視線を落とした。


「追加される兵についてですが」


「到着後は、現在駐留している部隊と合流するという認識でよろしいですか?」


 アルベリヒが頷く。


「ああ」


「基本的には、その予定です」


 軍務卿は続ける。


「指揮については?」


 アルベリヒは書類へ目を落とした。


「平時については」


「これまで通り、リートベルクの軍務院からの指示に従う」


「ただし」


「非常時に軍務院からの指示を待つことが困難な場合は」


「国王より任命された現地総責任者の指示に従うことになります」


 軍務卿は静かに頷いた。


「承知しました」


 少し考えるように間を置く。


「現場で指揮が錯綜することだけは」


「避けなければなりません」


 アルベリヒも頷いた。


「その点については」


「こちらからも軍務院へ伝えておきます」


 軍務卿は再び書類へ目を落とした。


 その後も。


 部隊の配置。


 補給。


 連絡手段。


 細かな確認が続いていった。



 それからもしばらく。


 派遣軍や支援についての話し合いが続いた。


 細かな確認を重ねていくうちに、気がつけば随分と時間が経っていた。


 やがて。


 外務卿が参加者たちを見渡した。


「少し、休憩にしましょうか」


 アルベリヒが頷く。


「ええ」


「そうですね」


 そして、隣に座るユリアへ顔を向けた。


「少し休憩するか」


 ユリアも頷く。


「そうね」


 そう言ったものの。


 アルベリヒはその場を離れなかった。


 外務卿や軍務卿と、そのまま話を続けている。


 ユリアは呆れたようにその様子を眺めた。


 向かいに座っていたモシェルも、三人へ一度視線を向ける。


 そして。


 静かに席を立った。


 部屋の外へ続く扉を開き、外のテラスへ出ていく。


 ユリアはその後ろ姿を見つめた。


 少し迷ったあと。


 自分も席を立つ。


 そして、モシェルのあとを追うようにテラスへ出た。


 外へ出ると。


 ユリアは大きく身体を伸ばした。


 そして、深く息を吐く。


 少し離れたところに立つモシェルへ視線を向けた。


「いつも、あんな感じなんですか……」


 モシェルがユリアを見る。


 ユリアは部屋の中をちらりと振り返った。


「休憩って言ったのに……」


 モシェルは小さく笑う。


「ええ……」


「皆、国のことを思っているんでしょう」


 ユリアは少し黙った。


 そして、モシェルへ視線を戻す。


「あなたは……」


「どう思っているんですか……?」


 モシェルの表情が僅かに変わった。


 少しの沈黙。


 やがて、静かに口を開く。


「どう思っているとは……」


「どういうことでしょうか?」


 ユリアは少し迷いながら続ける。


「今回の……」


「追加派兵」


「それに……」


「非常時における指揮権の特例について……」


 モシェルは何も言わなかった。


 ただ、ユリアをじっと見つめる。


 やがて。


「いいんですか……?」


 ユリアが僅かに眉を上げる。


 モシェルは声を落とした。


「そんな疑問を口にして」


「ティルに目をつけられますよ……?」


 ユリアは小さく息を吐いた。


「この場だけですから」


 そして、モシェルを見つめる。


「あなたも」


「思うところはあるんでしょう?」


 今度はモシェルが息を吐いた。


「シュテルンハイムのためになるのなら」


「私は、何だって構いませんよ」


 モシェルは部屋の中へ視線を向ける。


「国王も」


「中にいる外務卿も、軍務卿も」


「きっと同じでしょう」


 少し間を置く。


「ただ……」


「これほどまでの追加派兵」


「そして、指揮権の特例」


 モシェルの表情が僅かに曇る。


「ティルが」


「何かを考えていることは間違いないでしょう」


 ユリアは黙って聞いていた。


「しかし……」


「今のシュテルンハイムは」


「リートベルクからの支援なしでは」


「立ち行かなくなっています」


 モシェルは静かに続ける。


「だから」


「こちらから強く疑問を突きつけることもできない」


 ユリアは僅かに視線を落とした。


 そして。


「ティルは……」


「何者なんですか?」


 モシェルは少し考えた。


「さあ……」


「私が知っているのは」


「ティルが、リートベルクの国王と王妃の縁を取り持ったことくらいです」


「それ以上のことは」


「私にも分かりません」


 ユリアはモシェルの言葉を待つ。


「ただ……」


「シュテルンハイムの上の人たちを見ていると」


「リートベルクの国王や王妃に対してよりも」


「ティルに気を遣っているように見えます」


 モシェルの表情が僅かに曇る。


「アルベリヒ卿に対してもそうです」


「使者として来ているのはアルベリヒ卿なのに」


「その後ろにいるティルの顔色を窺っている」


 ユリアは何も答えなかった。


 モシェルは外の景色へ目を向ける。


「誰だって」


「本心では、すべてが正しいとは思っていませんよ」


 少しの間。


「でも」


「自分が正しいと思う道を歩くには」


「それなりの力が必要なんです」


 ユリアがモシェルを見る。


「今のシュテルンハイムには」


「その力がない」


 モシェルは静かに言った。


「ただ、それだけのことです」


 ユリアは俯いた。


「そう……」


「ですか……」


 モシェルはそんなユリアを見つめる。


「あなたも……」


「何か思うところがあるのなら」


 ユリアが顔を上げる。


「それなりの力が必要ですよ」


 モシェルは僅かに目を細めた。


「ティルに逆らうつもりなら」


「なおさらね」


 ユリアの表情が僅かに固まる。


 しかし。


 モシェルはそれ以上何も言わなかった。


「そろそろ戻りましょうか」


 そう告げると、モシェルは部屋へ向かって歩き出した。


 ユリアはその後ろ姿を見つめる。


 ――それなりの力……。


 その言葉を、胸の内で繰り返した。


 正しいと思うだけでは、何も変えられない。


 それを実現するための力が必要なのだ。


 ユリアは小さく息を吐く。


 そして。


 モシェルのあとを追い、部屋へ戻っていった。


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