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忘却曲線上の悪役令嬢――死に戻るたび、世界は私を忘れていく  作者: 直助
第二幕 戴冠の資格

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第六十話 夜と夢

 シュテルンハイム国王が簡単な挨拶を済ませると、晩餐が始まった。


 次々と料理が運ばれ、出席者たちは談笑をしながら料理を口にしていく。


 ユリアも目の前の料理へ手を伸ばしていた。


 すると、隣からアルベリヒが声をかける。


「そういえば」


「テレーゼのことは知らないのか?」


 ユリアは顔を上げた。


 アルベリヒは隣に座るテレーゼへ目を向ける。


「年齢も、そこまで離れていないだろ?」


 ユリアもテレーゼの顔を見る。


「……」


 しばらく見つめたあと。


 ユリアは首を傾げた。


 ――どうだったかしら……。


 記憶を辿ってみる。


 けれど、テレーゼの顔に覚えはなかった。


 今度はテレーゼがユリアの顔を見つめる。


「申し訳ありません」


「私も、ユリアさんのことは覚えていなくて……」


 テレーゼは少し考えるように視線を上げた。


「私がリートベルクを離れたのが……」


「四、五年前だったかしら」


 そして、再びユリアへ顔を向ける。


「ユリアさんは、それまではどちらにいらしたんですか?」


 ユリアは答えようとして、口を開く。


「私は……」


 ――王宮の中。


 そう言いかけて、慌てて飲み込んだ。


「王都では暮らしていたんですが」


「他の貴族の方とは、あまり交流がなくて……」


 テレーゼは納得したように頷いた。


「そうだったんですね」


 ユリアも小さく頷く。


 それから二人は、他愛のない話を続けた。


 ユリアがアルベリヒの秘書官になった経緯。


 今の王宮の様子。


 リートベルクとシュテルンハイムでの暮らしの違い。


 本当のことを話せないところは、適当に話を合わせた。


 それでも、会話は思っていた以上に続いた。


 一方。


 アルベリヒは、ユリアの反対隣に座る王妃から酒を勧められていた。


「もう一杯、いかがですか?」


 王妃が尋ねる。


 アルベリヒは杯を差し出した。


「では、いただきます」


 王妃が杯へ酒を注ぐ。


 アルベリヒはそれを口にした。


 普段よりも、明らかに酒の進みが早い。


 そのまま国王や外務卿。


 そして、外務卿の隣にいるモシェルとも、時折言葉を交わしていた。


 ユリアはテレーゼと話しながら、ちらりとアルベリヒを見る。


 ――随分、飲んでるわね……。


 しばらく話を続けたあと。


 ユリアは少し迷いながら、テレーゼへ尋ねた。


「テレーゼさんは……」


「どういう縁で、シュテルンハイムに?」


 テレーゼは一瞬、周囲へ視線を向けた。


 そして、少し困ったように微笑む。


「政略結婚……」


「のような感じですか……」


 口にした直後。


 テレーゼはしまったというような表情を浮かべた。


「誤解しないでくださいね」


「夫のことは愛していますし」


「シュテルンハイムのことも、大切に思っています」


 ユリアは慌てて頷く。


「そういうつもりで聞いたわけでは……」


 テレーゼは小さく笑った。


「分かっています」


「ただ、経緯としては……」


 少し言葉を選ぶ。


「両国の関係を深めるため」


「そういったところでしょうか」


 ユリアは曖昧に笑った。


 ――少し、踏み込みすぎたかしら……。


 しかし。


 テレーゼは特に気にした様子もなく、すぐに別の話題を口にした。


 ユリアもそれに合わせ、再び他愛のない話へ戻っていった。


 酒も入り、会場の空気は先ほどよりも和らいでいた。


 談笑の声も、少しずつ大きくなっている。


 ユリアはその様子を眺めながら、小さく息を吐いた。


 こういう場に慣れていないこともあり、少し疲れてきていた。


 ――少し、夜風に当たろうかしら……。


 ユリアは静かに席を立った。


 そして、会場のすぐ外にあるバルコニーへ向かう。


 扉を開けると、冷たい夜風が頬を撫でた。


 ユリアは石造りの欄干まで歩き、そこへ身体を預ける。


 そして、眼鏡を外した。


 ――疲れたわね……。


 眼下には、僅かに王都の灯りが見える。


 昼間に見た街並みとは違い、暗闇の中に小さな灯りが点々と浮かんでいた。


 ユリアはしばらく、その景色を眺めていた。


 すると。


「お疲れのようですね」


 背後から声が聞こえた。


 ユリアは振り返る。


 そこには、シュテルンハイム国王が立っていた。


「そうですね……」


 ユリアは少し困ったように笑う。


「こういう場には、あまり慣れていないもので……」


 国王は小さく笑った。


「会談の時も、お顔に出ておりましたよ」


 ユリアの表情が僅かに固まる。


 国王は続けた。


「ああいう場では」


「もう少し表情に出さないことをお勧めします」


 ユリアは気まずそうに視線を逸らした。


「……気をつけます」


 国王はそんなユリアを見ながら、静かに口を開く。


「なぜリートベルクが」


「これほど我が国を支援するのか」


 ユリアが国王へ視線を戻した。


「あなたも、不思議に思っているのでしょう」


 ユリアは咄嗟に否定しようとする。


「そんなことは……」


 しかし、国王は軽く手を上げた。


「構いません」


 ユリアは口を閉じる。


「そう思われるのも無理はない」


「我が国から、リートベルクへ返せるものは」


「決して多くありませんから」


 国王はゆっくりと歩みを進めた。


 そして、ユリアの隣に立つ。


 二人で王都を見下ろす。


「この国は」


「長い間、戦火にさらされ続けてきました」


 国王の声は穏やかだった。


「シュテルンハイムの歴史は」


「戦争の歴史と言ってもいいほどに」


 ユリアは黙って聞いていた。


「私が若い頃も」


「この国では戦いが絶えなかった」


「ようやく落ち着いたと言えるようになったのは」


「ここ二十年ほどのことです」


 国王は眼下の街へ視線を向けたまま続ける。


「私は」


「この国を、二度と戦場にはしたくない」


「ようやく手にしたこの平穏を」


「手放したくはありません」


 少しの間が空く。


「たとえ」


「多少の不審を抱くことがあったとしても」


「今は、それが最善だと信じています」


 ユリアは何も答えなかった。


 国王が、ゆっくりとユリアへ顔を向ける。


 ユリアも国王を見る。


 月明かりの下。


 眼鏡に隠されていた蒼銀色の瞳が、僅かに揺れた。


 国王の表情が一瞬だけ変わる。


「……そういうことですか」


 ユリアの身体が僅かに強張る。


 しかし、国王はそれ以上何も問わなかった。


 再び王都へ視線を戻す。


「私は……」


「ティルの考えを、すべて理解しているわけではありません」


 国王は僅かに間を置いた。


「いや……」


「ほとんど分かっていない」


「そう言った方が正しいのでしょう」


 ユリアは黙ったまま、その言葉を聞いていた。


「あなたについて」


「私から詮索するつもりはありません」


 国王が再びユリアを見る。


「ですが」


「分かっているとは思いますが」


「あなたの目的次第では」


「ティルは、あなたを生かしてはおかないでしょう」


 ユリアはしばらく国王を見つめた。


 そして、静かに頷く。


「……はい」


 国王は小さく微笑んだ。


「少し、話が長くなりましたね」


「そろそろ戻りましょう」


「宴も、もう間もなくお開きです」


 国王はそう言うと、先に会場へ向かった。


 ユリアも、そのあとに続こうとする。


 しかし。


 扉の前で、一度だけ足を止めた。


 振り返る。


 眼下には、シュテルンハイムの王都が広がっている。


 点々と灯る、小さな光。


 ユリアはしばらくそれを見つめた。


 そして。


 眼鏡を掛け直すと、静かに会場へ戻っていった。


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