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忘却曲線上の悪役令嬢――死に戻るたび、世界は私を忘れていく  作者: 直助
第二幕 戴冠の資格

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第五十八話 訪問

 シュテルンハイム王宮が、少しずつ近づいてくる。


 馬車は王都の大通りを進んでいた。


 ユリアは窓から、流れていく街並みを眺める。


「異国って感じはしないわね」


 アルベリヒも窓の外へ目を向けた。


「昨日も話したが」


「元々、文化的には近い国だからな」


「近年はこちらからの支援も増えている」


「以前より、さらに似てきているのかもしれない」


 通りには石造りの建物が立ち並び、その間を多くの人々が行き交っている。


 馬車や荷車の姿も多い。


 王都だけを見れば、決して貧しい国には見えなかった。


 外国の紋章を掲げ、護衛の騎士たちを伴った馬車が珍しいのか。


 道行く人々が足を止め、こちらへ視線を向けている。


 ユリアはそんな人々を眺めながら、ふと気づいた。


 建物の多くは、思っていたより新しい。


 真新しい石壁の建物があるかと思えば、その隣には長い年月を経た建物が残っている。


 統一感がない。


 そして、ごく稀に。


 建物と建物の間に、不自然な空間が残されていた。


 崩れた石壁。


 雑草に覆われた土台。


 そのままになっている場所もある。


 ユリアは窓へ少し顔を近づけた。


「……あれ」


 アルベリヒも、その先を見る。


「昔の戦火の跡だろう」


「王都まで攻め込まれたことも、一度や二度じゃない」


 ユリアは何も答えなかった。


 再び街並みへ目を向ける。


 賑わう人々の姿。


 新しく建て直された家々。


 その間に、僅かに残る過去の傷跡。


 昨日アルベリヒから聞いた話が、ようやく少しだけ実感を伴った。


 馬車は大通りを進み続ける。


 やがて、前方にそびえていた城壁が大きく迫ってきた。


 王宮を囲む城壁だった。


 その中央には、巨大な城門が構えられている。


 馬車が近づくと、門の前に立っていた兵士たちがこちらへ視線を向けた。


 先頭を走る護衛騎士が、兵士へ何かを告げる。


 兵士は馬車に掲げられた紋章を確認すると、すぐに姿勢を正した。


 大きな門が、ゆっくりと開いていく。


 馬車は速度を落とし、そのまま城門をくぐった。


 城壁の内側へ入る。


 そこには広い前庭があり、正面には王宮の本殿がそびえていた。


 城壁の外から見えていた尖塔が、間近に迫る。


 石造りの重厚な建物。


 華やかさよりも、堅牢さを感じさせる造りだった。


 ユリアは窓越しに王宮を見上げる。


 やがて馬車は大きく速度を落とした。


 正面玄関の前には、すでに数人の人影が並んでいる。


 どうやら、こちらを待っていたらしい。


 馬車はその前で、静かに止まった。


 アルベリヒが馬車を降りる。


 ユリアも、そのあとに続いた。


 王宮の入口には、一人の青年が立っていた。


 二人が近づくと、青年は深く頭を下げる。


「アルベリヒ卿」


「長旅、お疲れさまでした」


 アルベリヒは青年の顔を見ると、軽く頭を下げた。


「モシェルか」


「わざわざ出迎え、すまないな」


「いえ」


「お待ちしておりました」


 モシェルは顔を上げると、アルベリヒの隣に立つユリアへ視線を向けた。


 それに気づき、アルベリヒが口を開く。


「俺の秘書官のユリアだ」


 ユリアはモシェルへ向き直り、頭を下げる。


「ユリアです」


「よろしくお願いします」


 モシェルも丁寧に頭を下げた。


「外務局員のモシェルです」


「よろしくお願いいたします」


 その間に、護衛の騎士たちも馬を王宮の者へ預けていた。


 やがて数人がアルベリヒとユリアのもとへ集まり、その後ろに控える。


 モシェルは一行が揃ったことを確認すると、王宮の入口へ手を向けた。


「それでは」


「ご案内いたします」


 モシェルを先頭に、アルベリヒとユリアがそのあとへ続く。


 護衛の騎士たちも、少し距離を置いて後ろについた。


 一行は王宮の中へと入っていった。


 廊下を進んでいく。


 高い天井。


 壁には大きな絵画や装飾品が、一定の間隔で並べられていた。


 しばらく歩いたところで、モシェルが一つの扉の前で足を止める。


「こちらです」


 扉を開き、中へ入る。


 アルベリヒとユリアも、そのあとに続いた。


 中には大きな卓と、それを囲むようにいくつかの椅子が置かれている。


 来客用の控室らしい。


 モシェルは二人が入ったことを確認すると、扉の前で一礼した。


「会談の準備が整いましたら」


「また参りますので」


「それまで、こちらでお休みください」


 アルベリヒが頷く。


「ああ」


「ありがとう」


「それでは、また後ほど」


 モシェルはもう一度頭を下げ、部屋を出ていった。


 扉が静かに閉じられる。


 護衛の騎士たちは中には入らず、廊下に控えていた。


 アルベリヒとユリアは、ようやく椅子へ腰を下ろす。


 ユリアは卓の上へ両腕を投げ出すと、そのまま身体を預けた。


「ああ……」


「疲れた……」


 アルベリヒはそんなユリアを見て、小さく息をつく。


「お疲れさま」


「ただ、仕事はこれからだぞ」


「まあ」


「書類の確認と申し合わせが中心だろうが……」


 ユリアは卓に身体を預けたまま、ふと思い出したように顔を上げた。


「そういえば……」


「護衛の騎士の一人」


「どこかで見たことがあるような……」


 アルベリヒは特に気にする様子もなく答える。


「王宮の近衛兵だからな」


「そりゃ、どこかで見たことくらいあるだろ」


 ユリアは僅かに首を傾げた。


「そうなんでしょうけど……」


 何かが引っかかる。


 けれど、それが何なのかまでは分からない。


 ユリアはしばらく考えていたが、やがて諦めるように再び卓へ身体を預けた。



 それから、しばらくして。


 扉を叩く音が響いた。


 卓に身体を預けていたユリアは、慌てて姿勢を正す。


 アルベリヒが返事をすると、扉が開いた。


 入ってきたのはモシェルだった。


「お待たせいたしました」


「準備が整いましたので」


「どうぞ、こちらへ」


 アルベリヒとユリアは席を立つ。


 モシェルの案内で控室を出ると、再び王宮の廊下を進んでいった。


 護衛の騎士たちも、そのあとへ続く。


 いくつかの廊下を抜けたところで、モシェルが足を止めた。


 目の前には、先ほどよりも大きな扉がある。


 モシェルが扉を開いた。


「どうぞ」


 アルベリヒに続き、ユリアも中へ入る。


 先ほどの控室よりも、広い部屋だった。


 中央には長い卓が置かれ、その周囲には重厚な椅子が並べられている。


 壁にはシュテルンハイム王家の紋章が掲げられ、大きな窓から差し込む光が室内を照らしていた。


 すでに二人の男が席についている。


 一人は、初老の男だった。


 華美ではないものの、仕立ての良い衣服を身にまとっている。


 そして、その隣にはもう一人。


 落ち着いた雰囲気の男が座っていた。


 ユリアには、どちらが何者なのか分からない。


 モシェルが一歩前へ出る。


「リートベルク王国、外務卿アルベリヒ殿」


「ならびに秘書官ユリア殿です」


 その言葉に、初老の男が席を立った。


「シュテルンハイム国王として」


「遠路はるばる」


「我が国まで足を運んでいただき、感謝する」


 その瞬間。


 ユリアにも、その男が誰なのか分かった。


 シュテルンハイム国王。


 アルベリヒは丁寧に頭を下げる。


「お招きいただき、ありがとうございます」


 ユリアも慌ててそれに続いた。


 もう一人の男も立ち上がり、アルベリヒと言葉を交わす。


 どうやら、こちらがシュテルンハイムの外務卿らしい。


 簡単な挨拶を終えると、アルベリヒとユリアは案内された席へ腰を下ろした。


 モシェルは外務卿の近くへ控える。


 護衛の騎士たちは部屋へは入らず、扉の外に残った。


 アルベリヒは持参した書類を取り出した。


「まず」


「こちらが、我が国王からお預かりした国書です」


 国書がシュテルンハイム国王へ渡される。


 続いて、アルベリヒは派兵に関する協定案を卓上へ置いた。


「そして、こちらが」


「今回の追加派兵に関する協定案となります」


 アルベリヒは一つずつ、内容を説明していく。


 追加される兵の規模。


 派遣後の取り扱い。


 そして、非常時における指揮権について。


 シュテルンハイム国王と外務卿は、時折確認を挟みながら、その説明に耳を傾けていた。


 ユリアはアルベリヒの隣で、黙ってそのやり取りを聞いていた。


 特に反対意見が出ることもない。


 確認すべき事項が、一つずつ整理されていく。


 会談は滞りなく進んでいった。


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