第五十四話 戦争と平和
アルベリヒとユリアは、国防会議の開かれる部屋へ入った。
部屋の中央には、大きな長方形の卓が置かれていた。
卓の周囲には、あらかじめ人数分の椅子が並べられている。
その一席には、すでに一人の男が座っていた。
太い腕を胸の前で組み、眉間に深い皺を寄せている。
目は閉じられていた。
座っていても分かるほど、肩幅が広い。
鍛えられた大きな体は、軍人であることを物語っていた。
男は二人が入ってきた気配に気づき、ゆっくりと目を開ける。
眉間の皺は、そのままだった。
アルベリヒが会釈をする。
男も軽く頭を下げると、再び目を閉じた。
アルベリヒは卓の周囲を見渡した。
席の配置は、あらかじめ決められているらしい。
迷うことなく、自分の席へ向かう。
ユリアも、そのすぐ隣に設けられた席へ腰を下ろした。
ユリアは男の様子を窺いながら、アルベリヒへ小声で尋ねる。
「あの人は?」
アルベリヒも声を潜めた。
「軍務卿のエルドマンだ」
ユリアは、もう一度その顔を見る。
「なんだか……」
「見たことがあるような……」
アルベリヒはユリアの視線を追い、再びエルドマンへ目を向けた。
「彼は、ライヘンバッハ前国王と旧知の仲だったらしい」
「君も、幼い頃に会っているのかもしれない」
ユリアは、幼い頃の記憶を手繰り寄せた。
父の近くに立つ、大きな男。
はっきりとは思い出せない。
それでも、どこか見覚えのある顔だった。
――たぶん、そうなのね。
しばらく、静かな時間が流れた。
やがて、扉が開く。
国王。
王妃。
そして、ティルが部屋へ入ってきた。
ユリアは眼鏡の奥から、王妃を見据える。
しかし、王妃と視線が合うことはなかった。
三人がそれぞれの席へ着く。
国王が卓を囲む者たちを見渡した。
「今日は集まってもらい、感謝する」
そう言って、ティルへ視線を向ける。
ティルは手元の書類を持ち、静かに立ち上がった。
「本日の議題は」
「シュテルンハイム王国への派兵について、です」
「資料は事前に配布しておりますので」
「内容については把握していただけているものとして、進めさせていただきます」
ティルは国王へ視線を向ける。
そして、再び席へ着いた。
国王が口を開く。
「シュテルンハイムへの派兵は」
「以前から行ってきた」
「しかし、今はこれまで以上に」
「あの国を取り巻く脅威が増している」
「追加の派兵を行うことは」
「我が国にとっても、非常に重要だと考えている」
王妃が、その言葉を引き継ぐ。
「シュテルンハイム王国の防衛力は」
「はっきり申し上げて、十分とは言えません」
「国境を接する国についても」
「良くない噂を耳にしております」
「シュテルンハイム王国が侵略されるようなことになれば」
「我々リートベルク王国にとっても」
「極めて危険な状況となります」
「今回の派兵は」
「必要なものだと考えております」
ユリアは王妃をじっと見つめた。
――国王も、王妃も……。
――おかしなことを言っているわけではない。
――それでも、何かあるような気がしてしまう……。
胸の奥に残る違和感を抱えながらも、ユリアはアルベリヒに言われた通り、黙って話を聞いていた。
王妃が話し終える。
すると、エルドマンがゆっくりと立ち上がった。
「国王陛下、王妃殿下のお考えも」
「十分に理解しております」
「しかし」
「すでに多くの兵を派遣しております」
「これ以上の派兵を行えば」
「我が国の防衛にも影響が及びます」
国王はエルドマンを真っ直ぐ見据えた。
「軍務卿の懸念は、私たちも理解している」
「ただ」
「今、最も懸念すべきは」
「シュテルンハイムが陥落した時だ」
「そうなれば」
「我が国も、ただでは済まない」
「シャンテールとの関係も」
「決して良好とは言えない」
「だが、彼らが我が国へ侵攻する利点は少ない」
「彼ら自身も、それは理解しているはずだ」
国王はエルドマンを見つめる目に力を込めた。
「今、優先すべきは」
「シュテルンハイムへの派兵だと考えている」
エルドマンは引き下がらなかった。
「しかし」
「シャンテールが、兵の手薄になった我が国へ」
「何も仕掛けてこないという保証はありません」
そこへ、ティルが口を挟む。
「そのために」
「近衛騎士団を拡充しています」
「国内の守りが失われるわけではありません」
エルドマンはティルへ鋭い視線を向けた。
何かを言いかける。
しかし、その言葉を呑み込むと、ゆっくりと席へ戻った。
国王は、卓を囲む者たちを見渡した。
「十分に議論する時間を設けられなかったことは、申し訳なく思う」
「だが」
「この方針で進めさせてもらう」
エルドマンは何も答えなかった。
国王はティルへ視線を向ける。
「シュテルンハイムへ渡す国書と」
「派兵に関する協定案は」
「早急にまとめてくれ」
「承知いたしました」
ティルが静かに頭を下げた。
国王は続いて、アルベリヒへ目を向ける。
「その後の窓口は」
「外務卿に任せる」
「書類が整い次第」
「シュテルンハイムへ向かってくれ」
アルベリヒは席に着いたまま、深く頭を下げた。
「承知いたしました」
ユリアも、それに続いて頭を下げた。
そして、ゆっくりと頭を上げる。
向かいに座るエルドマンへ視線を向けた。
エルドマンは腕を組んだまま、険しい表情で卓上の書類を見つめていた。
――きっと、彼は。
――こちらにつく……。
ユリアは、そう確信していた。




