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忘却曲線上の悪役令嬢――死に戻るたび、世界は私を忘れていく  作者: 直助
第二幕 戴冠の資格

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第五十三話 なぜ

 二月八日。


 朝。


 ユリアは執務室の扉を開けた。


 アルベリヒが顔を上げ、ユリアを見る。


「休んでもいいと言わなかったか……?」


「家にいても暇なのよ」


 ユリアはそう答えながら、いつもの席へ着いた。


「そうか……」


 アルベリヒも、それ以上は何も言わなかった。


 二人は、いつものように業務へ取りかかる。


 書類を確認し。


 必要なものを選り分け。


 時折、短い言葉を交わす。


 そうしているうちに、窓から差し込む光は少しずつ傾いていった。


 アルベリヒが書類から顔を上げる。


「今日は、もう上がっていいぞ」


「夕方になれば、俺も礼拝に出るからな……」


 ユリアは窓の外へ目を向けた。


「そう……」


「それじゃあ、帰ろうかしら」


「お疲れ様」


 ユリアは机の上を整理し、席を立つ。


「それじゃあ、また明日」


 アルベリヒは小さく頷いた。


 ユリアが出ていった扉を、しばらく見つめる。


 やがて、再び手元の書類へ視線を戻した。



 窓の外が薄暗くなった頃。


 アルベリヒは執務室を出て、礼拝堂へ向かった。


 扉を開け、中へ入る。


 礼拝堂に集まった者たちへ視線を巡らせると、ティルの姿が目に入った。


 ブロッケスとクラウスを相手に、何かを話している。


 アルベリヒは三人へ近づいた。


 互いに軽く会釈を交わす。


 アルベリヒは会話が途切れるのを待ち、静かに口を開いた。


「あの……」


「捜査局の審問を受けるはずだった若者は……」


「その後、どうなったんですか……?」


「まだ見つかっていない」


 ティルはブロッケスとクラウスへ視線を向ける。


「予定が変わってすまないと」


「今、話していたところだ」


「そう……ですか」


 ティルはアルベリヒの表情を見つめた。


「どうした?」


「何かあるのか?」


 アルベリヒは僅かに表情を強張らせる。


「いえ」


「ユリアが……」


「私の秘書が不安がっていまして」


「王宮内も王都も、いつもより騎士が多いですし……」


「家も王都の外れにありますので」


「そうか」


「それは不安になるな」


 ティルは少し考えるように目を細めた。


「捜査局長には強く言ってあるが」


「これだけ見つからないとなれば、野垂れ死んでいるか……」


「行くあてもないだろうからな」


「捜索に力を入れるよう、改めて言っておくよ」


 アルベリヒは頭を下げた。


「よろしくお願いします」


 ティルが続ける。


「それと……」


「明後日の国防会議も、よろしく頼むよ」


「はい」


 アルベリヒは静かに頷いた。


 その時。


 礼拝堂の扉が開いた。


 国王と王妃が姿を現す。


 礼拝堂全体が静まり返り、ティルとアルベリヒも会話を止めた。


 集まっていた王宮関係者たちが、一斉に頭を下げる。


 やがて、司祭が祭壇の前へ進み出た。


 礼拝堂に鐘の音が響く。


 祈りの言葉が唱えられる。


 礼拝は、滞りなく終わった。




 二月九日。


 朝。


 ユリアは執務室の扉を開けた。


 アルベリヒへ軽く挨拶をすると、いつもの席へ向かう。


 アルベリヒがユリアを見た。


「逃げている捜査局の若者だが……」


「まだ捕まっていないそうだ」


 ユリアはアルベリヒと視線を合わせないまま答える。


「そう……」


 返事は、それだけだった。


 アルベリヒは手元の書類へ視線を戻した。


「今日は、明日の国防会議の準備だ」


「君も書類には一通り目を通しておいてくれ」


「分かったわ……」


「ただ……」


 その先の言葉は続かなかった。


 アルベリヒはユリアの表情を見つめる。


「この会議に不信感を抱く気持ちは分かる」


「だが」


「明日、会議の場では絶対に顔に出すな」


「分かったら、まずこの書類に目を通してくれ」


 アルベリヒは一束の書類を差し出した。


 ユリアは席を立ち、アルベリヒのもとへ向かう。


 書類を受け取ると、再び席へ戻った。


 一枚ずつ内容を確認していく。


 やがて、ユリアの手が止まった。


 アルベリヒを見る。


「シュテルンハイムへ、こんなに派兵するの……?」


「本当に……?」


 アルベリヒは、歯切れ悪く答えた。


「それを明日、決めるんだ」


「まあ……」


「実際には……」


「すでに決定しているようなものだが……」


 ユリアは眉間に皺を寄せる。


 そして、書類の内容をじっと見つめた。



 ユリアが書類に目を通し終えた頃。


 アルベリヒが、その様子を窺いながら付け加える。


「会議で正式に決まれば」


「シュテルンハイム王国との窓口は、我々が担うことになる」


 ユリアは顔を上げた。


「えっ」


「軍務院じゃなくて!?」


 アルベリヒは言いにくそうに口を開く。


「あまり大きな声では言えないが……」


「早い話が」


「軍務院の影響力を弱めたいんだ」


 ユリアは納得できないという表情を浮かべた。


 アルベリヒはそれを見ながら続ける。


「とにかく、今は余計な詮索はしないでくれ」


「何も良いことはない……」


 そう言って、再び一束の書類を差し出した。


「シュテルンハイム王国との関係資料だ」


「こちらにも目を通しておいてくれ」


 ユリアは納得できない表情のまま、書類を受け取った。


 それでも何も言わず、一枚ずつ目を通していく。


 その日は、翌日の会議に備えるだけで終わった。




 二月十日。


 国防会議当日。


 アルベリヒの執務室では、ユリアとアルベリヒが必要な書類をまとめていた。


 二人はそれぞれ、書類の束を抱える。


 アルベリヒがユリアへ声をかけた。


「そろそろ行こうか」


 そして、その顔をじっと見る。


「くれぐれも――」


 アルベリヒが言い終えるより先に、ユリアが口を開いた。


「分かっています」


「勝手な真似はしませんし」


「黙って話を聞いています」


「ならいい」


 アルベリヒは執務室の扉を開けた。


 そのあとに続き、ユリアも執務室を後にした。


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