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忘却曲線上の悪役令嬢――死に戻るたび、世界は私を忘れていく  作者: 直助
第二幕 戴冠の資格

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第五十二話 夕べの歌

 ケーテンが去ったあと。


 ユリアとアルベリヒは、いつものように業務にあたっていた。


 書類に目を通しながら、アルベリヒが口を開く。


「二月十日に」


「国防会議が開かれる」


「私も参加することになった」


「君にも一緒に来てもらいたい」


 ユリアは顔を上げる。


「どうして外務卿が国防会議に……?」


「詳しいことは聞かされていないが」


「シュテルンハイム王国への派兵に関することらしい」


 ユリアは訝しげな表情を浮かべた。


 アルベリヒは、その様子を見ながら続ける。


「おそらく……」


「ティルが主導している案件だ」


「いったい、何が目的なのか……」


 しばらく、沈黙が流れた。


「まあ」


「会議に参加すれば」


「少しは分かることもあるはずだ」


 アルベリヒはユリアをじっと見た。


「くれぐれも」


「勝手な発言はしないように」


「話を聞いて、状況を把握してくれれば、それでいい」


 ユリアは思わず目を逸らした。


「……今回は大丈夫よ」


 アルベリヒは呆れたようにため息をつく。


「その言葉が一番信用できないんだ」


 アルベリヒは書類から顔を上げた。


「二月八日に王宮礼拝があるが……」


「君は参加しなくていい」


「帰りが遅くなるからね」


 ユリアは静かに頷く。


 アルベリヒは、その様子を見ながら続けた。


「その日は休みにしてもいいし……」


「まあ、好きにしてくれたらいい」


「分かったわ」


 二人は再び机へ向かう。


 執務室には、紙をめくる音と羽根ペンの走る音だけが静かに響いていた。


 時折、アルベリヒが書類を手渡し、ユリアが整理していく。


 そんな穏やかな時間が流れる。


 やがて――。


 アルベリヒがペンを置いた。


「今日は、そろそろ終わりにしようか」


 ユリアは両腕を伸ばし、大きく背伸びをする。


「ああ、疲れた」


 机の上を手早く片付けると立ち上がった。


「それじゃあ、また明日」


 執務室を出ようとした、その時だった。


「ちょっと待ってくれ」


 アルベリヒがユリアを呼び止める。


「捜査局の若者が逃げた件で」


「近衛兵も動いている」


「しばらくは王宮の中も落ち着かないだろう」


 アルベリヒはユリアを真っ直ぐ見つめた。


「頼むから」


「余計なことだけはしないでくれ」


 ユリアは苦笑いを浮かべる。


「……分かっています」


 そう言い残し、執務室を後にした。




 夕暮れ時。


 ユリアはバルベルと食卓を囲んでいた。


 焼きたてのパンをちぎりながら、今日一日の出来事を思い返す。


 ――あの湖のほとりなら、きっと大丈夫。


 ――私があそこに逃げた時も、あの場所は見つからなかった。


 ――だから、大丈夫。


 だが、すぐに別の言葉が頭をよぎる。


 ――アルベリヒにも言われたけど……。


 ――少し勝手に動き過ぎている。


 ――少し、自重しないと……。


 バルベルは、そんなユリアの表情を見つめていた。


「どうしたんだい」


「悩み事かい……?」


 ユリアは顔を上げる。


「いや……」


「まあ……」


「私って、身勝手に行動してしまうので……」


「少し……反省というか……」


 バルベルは穏やかに微笑んだ。


「そうやって」


「振り返ることができるのは、いいことさ」


「碌でもないやつは……」


「反省という言葉を知らないからね」


 一度パンを口へ運ぶ。


 そして、静かに続けた。


「長所と短所は、いつも表と裏だ」


「あんたのいいところでもあるし」


「悪いところでもある」


「それだけのことさ」


 バルベルは、真っ直ぐユリアを見つめた。


「ただ――」


「裏切るような真似だけは、しちゃいけないよ」


「信じてくれている誰かに対しても」


「自分自身に対しても」


 ユリアは、その言葉を静かに噛み締める。


「……そうですね」


 バルベルは穏やかに頷くと、それ以上は何も言わなかった。


 二人は静かに食事を続ける。


 どこか温かな時間が、ゆっくりと流れていた。


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