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忘却曲線上の悪役令嬢――死に戻るたび、世界は私を忘れていく  作者: 直助
第二幕 戴冠の資格

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第四十四話 仮面舞踏会

 ライヘンバッハ国王が最後に残した言葉。


『この王国の繁栄と』


『娘ユリアの幸福のために』


 ユリアは、その一文を静かに見つめていた。


 眼鏡の奥で、蒼銀の瞳が揺らめく。


 後ろからアルベリヒが声をかける。


「あまり長居するのはよくない」


「そろそろ出ようか」


 ユリアは小さく頷く。


 眼鏡を外し、そっと涙を拭う。


 そして、もう一度眼鏡を掛け直した。


 二人はライヘンバッハ家の書庫を後にする。



 執務室へ戻ると、再び机の上には書類の山が待ち構えていた。


 ユリアは思わず顔をしかめる。


「どうしてこんなに溜まっているのよ」


 アルベリヒは気まずそうに頭をかいた。


「秘書が今までいなかったんだ」


「整理は空いている時間でしかできない」


「君が来てくれて助かるよ」


 ユリアは何とも言えない表情を浮かべる。


 小さくため息をつくと、再び書類へ手を伸ばした。



 それからしばらくの時間が過ぎた。


 執務室には、書類をめくる音だけが静かに響いている。


 アルベリヒは手元の書類へ目を落としたまま口を開く。


「なあ、ユリア」


「君は何をしようとしているんだ」


「目的と言えばいいか……」


「ただ、十五年前の真実を明らかにしたいだけなのか?」


 ユリアも書類へ目を向けたまま答える。


「十五年前の真実を明らかにして、公のものとする……」


「それもあるわ」


 少しだけ間を置く。


「もう一つ……」


「私が」


「この国の王になる」


 アルベリヒの手が止まる。


 ゆっくりとユリアへ視線を向けた。


「それは……」


「真実を追い求めるよりも」


「遥かに難しいことだぞ」


 一度言葉を切る。


「しかし……」


「矛盾しているかもしれないが」


「真実を公にするためには」


「それしか道はないのかもしれない」


 アルベリヒは真っ直ぐユリアを見つめる。


「本当に……」


「王を目指すのか」


 ユリアは書類から目を離さない。


「ええ……」


 返事は、それだけだった。


 それ以上、言葉は続かない。


 執務室には、ユリアが書類をめくる音だけが静かに響いていた。



 その日の業務を終える。


 アルベリヒは書類を片付けながら口を開いた。


「暗くならないうちに帰るんだ」


「夜道は安全とは言えないからな」


 ユリアは頷き、執務室を後にする。


 王都の通りを歩き、バルベルの家へと帰っていった。



 翌朝。


 二月三日。


 ユリアは卓上暦を一枚めくる。



 再びアルベリヒの執務室で仕事をこなし――。



 そして、夜を迎えた。


 ユリアは夜会用のドレスに身を包む。


 その姿を見たアルベリヒは、小さく頷いた。


「やはり……」


「王女だった風格はあるな」


 ユリアは少し得意げに微笑む。


「そうでしょ?」


 アルベリヒは苦笑すると、表情を引き締めた。


「だが、今日は勝手な行動はするな」


「君は、すぐ一人で動こうとするからな」


 ユリアは視線を逸らす。


「わかっているわよ……」


 アルベリヒは小さく息をついた。


「そろそろ行こうか」


「今日は遅くなる」


「王宮に泊まっていくといい」


 ユリアは静かに頷く。


 二人は言葉を交わしながら、執務室を後にした。



 二人は夜会の会場へと足を踏み入れた。


 壁際には色とりどりの料理や酒が並べられている。


 既に集まっていた貴族や閣僚たちは、小さな輪を作りながら談笑していた。


 立食形式の夜会。


 ユリアは静かに周囲へ視線を巡らせる。


 ――王妃はまだ来ていない……。


 その時。


 視線の先にエルザの姿を見つけた。


 その隣にはティルがいた。


 エルザもユリアへ目を向ける。


 同年代の女性が珍しかったのだろう。


 そんな表情を浮かべている。


 ユリアは微笑み、静かにその視線へ応えた。


 アルベリヒは知り合いの貴族や閣僚へ挨拶を交わしながら、ユリアを紹介して回る。


 やがて、窓際に立つ内務卿ケーテンのもとへ向かった。


「先日から私の秘書官として働いてもらっている」


「ユリア・フォン・マグダレナです」


 ユリアは丁寧に頭を下げる。


 ケーテンは少し首を傾げた。


「マグダレナ……」


「バルベル殿の?」


 アルベリヒが頷く。


「はい」


「養子です」


 ケーテンは納得したように頷いた。


「そうだったか」


「よろしく」


 ユリアも改めて一礼する。


 そうしていると。


 ふと、会場の入り口がざわめいた。


 ユリアとアルベリヒはそちらへ視線を向ける。


 ――入ってきた。


 現王妃、フレイア・フォン・ヴォルクナー。


 ユリアは鋭い視線を向ける。


 しかし、視線が交わることはなかった。


 ――やはり、もう私のことは覚えていない。


 フレイアはそのまま貴族や閣僚たちの輪へ加わっていく。


 王妃に続き、国王ローエンも姿を現した。


 会場の中央へ進むと、参加者たちへ簡単な挨拶を行う。


 乾杯が終われば、国王もまた談笑の輪へ加わっていった。


 アルベリヒは国王と王妃の様子をうかがいながら、ユリアを連れて二人のもとへ歩み寄る。


 ローエンはアルベリヒの姿に気づき、小さく笑みを浮かべた。


 アルベリヒは軽く頭を下げる。


「先日から私の秘書官として働いてもらっている」


「ユリア・フォン・マグダレナです」


「ご紹介をと思いまして」


 ローエンはユリアとアルベリヒを見比べ、少しだけ口元を緩めた。


「なんだ」


「とうとう君も身を固めたのかと思ったよ」


 アルベリヒは苦笑いを浮かべる。


 ローエンもすぐに表情を和らげた。


「ユリア君と言ったね」


「よろしく頼む」


 フレイアも微笑みながら、ユリアへ軽く会釈をする。


 ユリアもそれに応えるように、静かに頭を下げた。



 アルベリヒは自然と国王と王妃の輪へ加わり、他愛のない話に耳を傾ける。


 その輪には、秘書官ティルや財務卿ライネル、審問院長ブロッケスの姿もあった。


 ユリアは少し離れた場所から、その様子を静かに見つめる。


 そして、ゆっくりと視線を移した。


 窓際に一人立つ、内務卿ケーテン。


 ――まずは。


 ユリアは静かに一歩を踏み出した。


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