第四十二話 魔弾の射手
ユリアとアルベリヒは、王都の中を歩いていた。
朝の街。
人々は少しずつ動き始めている。
アルベリヒが隣を歩くユリアを見る。
「眼鏡……」
「忘れてないか?」
ユリアは一瞬きょとんとする。
「あっ」
慌てて懐から眼鏡を取り出し、掛けた。
アルベリヒは小さく息を吐く。
「王都の中もそうだが」
「王宮の中は、さらに誰が見ているかわからない」
「気を引き締めておくように」
ユリアはアルベリヒの真剣な表情を見つめ、小さく頷いた。
「わかったわ」
歩きながら、ユリアは王都を見渡す。
「バルベルさんが言っていたの」
「お父様が亡くなる少し前くらいから……」
「王都が変わり始めたって」
「それまでは、もう少し豊かだったって」
アルベリヒの表情が曇る。
「それは……」
「王妃やティルが関係している」
「そう言いたいのか……?」
ユリアは少し間を置く。
そして、頷いた。
アルベリヒの表情がさらに険しくなる。
「実際のところはわからない」
「ただ……」
「この国の富が」
「王妃の母国、シュテルンハイムへ流れているのは事実だ」
アルベリヒは真っ直ぐ前を見たまま続ける。
「何度も言うが」
「殺される可能性もある」
「詮索の仕方には気をつけろ」
ユリアは静かに頷いた。
王宮へ到着する。
アルベリヒを先頭に、長い廊下を歩いていく。
執務室までは、もう少し。
その時だった。
前方から、一人の男が歩いてくる。
ティルだった。
アルベリヒは一瞬だけ視線を逸らしかける。
だが、その場で立ち止まった。
ティルも足を止める。
二人は軽く会釈を交わした。
ティルの視線が、ユリアへ向く。
それに気付いたアルベリヒが口を開いた。
「新しい秘書官です」
「ユリアといいます」
ユリアは一歩前へ出る。
「ユリア……」
「ユリア・フォン・マグダレナです」
静かに頭を下げた。
ティルは小さく頷く。
「そうか……」
「よろしく」
短い挨拶だけが交わされる。
アルベリヒは軽く会釈した。
「では」
そのまま歩き出す。
ユリアも会釈を返し、アルベリヒの後へ続いた。
しばらく歩いてから。
ユリアはそっと振り返る。
遠ざかっていくティルの背中。
その姿を見つめながら、胸の内で呟く。
――私のことは……。
――忘れてそうね……。
ユリアは前を向く。
そして再び、アルベリヒの執務室へ向かって歩き出した。
ユリアとアルベリヒが立ち去る。
ティルはその姿を見送ると、自身の執務室へ向かって歩き出した。
「ユリア……」
「どこかで聞いたような気もするが」
そう呟くものの、それ以上気に留めることはなかった。
やがて執務室へ入る。
ふと机の上の卓上暦へ目を向ける。
――あれから十五年が過ぎたか……。
――フレイアの行動は予想外だったが……。
ティルは視線を机の上の書類へ移す。
そこには、シュテルンハイムへの資金援助に関する資料が並んでいた。
――思い描いた通りにはなっているか……。
その時。
扉を叩く音が響く。
「失礼します」
一人の男が部屋へ入ってきた。
財務卿、ライネルだった。
ティルは静かに顔を上げる。
「ちょうどよかった」
机の上の書類を一枚手に取り、ライネルへ差し出す。
「承認は済んでいる」
「速やかに処理してくれ」
ライネルは書類を受け取る。
ティルは続けた。
「それと……いつも通り、礼は用意してある」
一瞬だけ、ライネルの表情が揺れる。
ティルは構わず言葉を重ねる。
「そうするのがお前のためでもある」
ライネルは小さく頷いた。
「……承知しました」
それだけ言い残し、静かに部屋を後にする。
扉が閉まる音だけが執務室に響いた。
ティルは閉ざされた扉を、無言のまま見つめていた。




