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忘却曲線上の悪役令嬢――死に戻るたび、世界は私を忘れていく  作者: 直助
第二幕 戴冠の資格

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第三十八話 幕開

「国家反逆罪により――」


 広場に、張り詰めた声が響く。


「処刑を執行する!」


 冷たい風が、広場を吹き抜けた。


 まばらに集まった人々が、その様子を静かに見守っている。


 騎士に両腕を掴まれたまま。


 ユリアは、ゆっくりと処刑台への階段を上った。


 一段。


 また一段。


 やがて。


 ギロチン台の前で足が止まる。


 騎士に押さえられ、その身を木台へ伏せた。


 冷たい木の感触。


 首枷が閉じられる。


 視界が狭まる。


 それでも。


 ユリアは静かに広場を見渡した。


 誰も。


 自分を知る者はいない。


 誰も。


 自分の名を呼ばない。


 ――私が、この国を……。


 陽光を受けて。


 ユリアの瞳は、蒼銀色に揺らめいていた。


 ――私が……。


 頭上では。


 高く掲げられた刃が、鈍く光を反射する。


 ユリアは、ゆっくりと目を閉じた。


 ――王に……。


 次の瞬間。


 刃が、落ちた。





 ――はっ。


 ユリアは息を呑むように目を開けた。


 暗い部屋。


 荒い呼吸のまま、震える手を喉へ当てる。


 冷たい刃が落ちた感触が、まだ首に残っていた。


 ユリアは小さく息を吐く。


 ――やっぱり……。


 ――慣れないわね。


 ゆっくりと身体を起こす。


 卓上暦へ視線を向けた。


 一月三十一日。


 ユリアは小さく拳を握る。


「よしっ」


 自分へ言い聞かせるように声を出した。


「まずは……」


「アルベリヒに会おう」


 前回の一月三十一日を思い返す。


 ――もう少ししたら。


 ――アルベリヒは外交資料庫へ向かう。

 

 あの時は。


 鍵を取りに行く途中で、王妃と鉢合わせそうになった。


 ユリアは小さく首を振る。


 ――直接、外交資料庫へ向かった方がいいわね。


 立ち上がる。


 部屋を出る。


 人気のない廊下を抜け、そのまま外交資料庫へ向かった。




 やがて。


 資料庫の前へ辿り着く。


 ユリアは近くの柱へ身を隠した。


 静かに息を潜める。


 ――来る……。


 アルベリヒが姿を現す、その時を待った。


 柱の陰で待っていると。


 一人の男が姿を現した。


 アルベリヒだった。


 その姿を見た瞬間。


 ユリアは小さく息を吐く。


 胸の奥を締め付けていたものが、少しだけ軽くなった。


 ――良かった……。


 ――また、会えた。


 アルベリヒは周囲を警戒しながら、外交資料庫へ入っていく。


 扉が閉まる。


 少しして。


 部屋の奥に、燭台の明かりが灯った。


 ユリアは静かに扉へ近づく。


 音を立てないよう、ゆっくりと中へ入った。


 外交資料庫。


 薄暗い室内。


 燭台の灯りだけが、本棚を照らしている。



 ――奥の本棚……。


 その前に、アルベリヒの姿があった。


 本棚へ向かい、一冊の帳簿を開いている。


 ――あの帳簿ね。



 帳簿へ目を落としたまま。


 アルベリヒの肩は、小刻みに震えていた。


 ユリアは静かに歩み寄る。


 そして。


 そっと、その肩を叩いた。


 アルベリヒは飛び上がるように振り返る。


「だ、誰だ!」


 思わず声を張り上げる。


 その声に自分でもはっとすると、慌てて口を押さえた。


 周囲へ視線を巡らせる。


 誰もいないことを確認すると、小さく息を吐いた。


 帳簿を閉じる。


 そして、低い声で口を開いた。


「……貴族のようだが」


「見ない顔だな」


「こんなところで何をしている」


「ここへ無断で立ち入ってはいけない」


「早く出ていきなさい」


 ユリアは微かに笑みを浮かべた。


「少しだけ、お時間をいただけませんか」


 アルベリヒが何かを言おうとする。


 しかし。


 ユリアは先に口を開いた。


「私……」


「その帳簿の中身を知っています」


 アルベリヒの表情が固まる。


「……何を言っている」


 ユリアは静かに続けた。


「その中には」


「ライヘンバッハ国王夫妻が」


「現王妃フレイアに殺された時の様子が」


「あなたの手で書き残されています」


 アルベリヒは何も答えなかった。


 ただ。


 帳簿を握る指先だけが、僅かに震える。


「……そんなことが」


「あるわけない」


 かすれた声だった。


 ユリアは静かに首を横へ振る。


「あります」


「だから私は、ここへ来ました」


 アルベリヒはユリアを真っ直ぐ見つめる。


 警戒を解かない。


「……仮に」


「それが事実だったとして」


「それがどうしたというのだ」


 最後まで言い終える前に。


 ユリアは静かに言葉を重ねた。


「このことが」


「王妃やティルに知られれば」


「あなたの命はありません」


 アルベリヒの瞳が大きく揺れる。


 言葉を失った。


 ユリアは穏やかな笑みを浮かべる。


「信じられなくても構いません」


「私は、あなたの敵ではありません」


 一歩だけ近づく。


「あなたが」


「十五年前」


「フレイアをかばってしまったことも」


「理解できます」


 アルベリヒは黙ったまま、ユリアを見つめていた。


 ユリアも視線を逸らさない。


「お願いがあります」


「私に協力してください」


 静かな声だった。


「この国を――」


「変えるために。」


 アルベリヒは一歩、後ずさる。


「この国を変えるだって……」


「何を言っているんだ」


 なおも警戒を解かない。


「それに……」


「君は、いったい何者なんだ……」


 ユリアは真っ直ぐアルベリヒを見つめた。


 迷いはなかった。


「私はユリア……」


「ユリア・フォン・ライヘンバッハ」


 その名を聞いた瞬間。


 アルベリヒの表情が凍りつく。


 手にしていた帳簿が、小さく揺れた。


「……ライヘンバッハ?」


 信じられないものを見るような目で、ユリアを見つめる。


 外交資料庫は、静寂に包まれていた。


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