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忘却曲線上の悪役令嬢――死に戻るたび、世界は私を忘れていく  作者: 直助
第一幕 祝福なき王女

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第三十七話 終止

 三日後に改めて審問を行う。


 そう告げられたユリアは、そのまま自室で監視下に置かれていた。


 部屋を出ることは許されない。


 食事だけが静かに運ばれてくる。



 そして。


 二月十五日。



 扉を叩く音が響く。


 返事を待たず、扉が開いた。


 入ってきたのは、クラウスだった。


 その後ろには、騎士たちが控えている。


 クラウスは静かに一礼した。


「今から審問を行います」


 ユリアは静かに立ち上がる。


 真っ直ぐクラウスを見つめた。


 クラウスは踵を返し、部屋を出る。


 ユリアは騎士に促され、その後ろについて歩き始めた。


 審問室。


 見慣れた光景だった。


 正面には、もう一人の審問官が座っている。


 その隣へ、クラウスが静かに腰を下ろした。


 さらに少し後方。


 書記官。


 そして。


 ティル・ヨナグリン。


 ユリアは何も言わず、部屋の中央に置かれた席へ腰を下ろす。


 その背後へ騎士が立った。


 静寂が部屋を包む。


 やがて。


 クラウスが口を開いた。


「これより、審問を開始します」


 クラウスは書類から顔を上げた。


「ユリアさんで、お間違いありませんね」


 ユリアは静かに頷く。


「ええ……」


 クラウスは書類へ視線を落とした。


「あなたには」


「アルベリヒへ協力し」


「国家反逆を企てた嫌疑が掛けられています」


 一枚、書類をめくる。


「アルベリヒは」


「外交資料をはじめ」


「内政、捜査、審問、軍事」


「あらゆる資料庫へ無断で侵入し」


「情報を持ち出していた可能性があります」


「そして」


「あなたも、その行為へ関与していたかどうか」


「その点について、お聞きします」


 ユリアは静かに笑みを浮かべた。


「ええ」


「私も……」


「たくさんの資料を見ましたわ」


 クラウスの目が細くなる。


「それは」


「嫌疑を認める」


「そう受け取ってよろしいですか」


 ユリアは笑みを崩さない。


「その前に……」


 一拍置く。


「アルベリヒが」


「ここ最近になって」


「急に動き始めたと、お思いですか?」


 クラウスは怪訝そうな表情を浮かべた。


「どういう意味ですか……?」


 ユリアは静かに答える。


「十五年前……」


「アルベリヒの計画は」


「あの頃から始まっています」


 部屋の空気が変わる。


 ユリアは続けた。


「ライヘンバッハ国王夫妻の事故死」


 一拍置く。


「第一発見者は」


「アルベリヒでしたよね」


 視線を動かさなくても分かった。


 ティルの表情が強張っている。


 ユリアは真っ直ぐクラウスを見据える。


「王妃フレイア様を」


「この審問の場へお呼びください」


 クラウスは困惑したように眉をひそめた。


「どうして……」


「あなたが」


「アルベリヒは第一発見者だったと知っているのですか」


 しばらく考え込む。


 やがて静かに頷いた。


「……審問院長ブロッケスへ」


「判断を仰ぎます」


「少々、お待ちください」


 クラウスは立ち上がる。


 その時だった。


 ティルが勢いよく立ち上がる。


「こんな小娘の戯言に!」


「付き合う必要があるのか!」


 部屋へ怒声が響いた。


 ユリアは細く目を細める。


 その反応を、静かに見つめた。


 クラウスは落ち着いた声で言う。


「十五年前の事故に」


「アルベリヒが関わっていたことは事実です」


「それに」


「名簿に存在しない人物を調べるよう」


「王妃からの要請だと」


「説明したのは、あなたでしたね」


 ティルはクラウスを鋭く睨む。


 それ以上言うな。


 そう告げるような視線だった。


 だが。


 クラウスは静かに首を振る。


「とにかく」


「一度、審問院長へ確認を取ります」


 そう言い残し、クラウスは静かに部屋を後にした。



 審問院長ブロッケスの執務室。


 クラウスは、一連の経緯を静かに説明した。


 そして。


「ユリアさんが」


「王妃フレイア様の出席を求めています」


 一拍置く。


「いかがいたしましょうか」


 ブロッケスは机の上に置かれた書類へ目を落とした。


 しばらく黙考する。


 やがて、静かに口を開く。


「事情は分かりました」


「王妃へ」


「審問院長名で出席を要請します」


 ブロッケスは一枚の書類を引き寄せる。


 ペンを取る。


 静かに署名を書き終えると、その書類をクラウスへ差し出した。


 クラウスは両手で受け取り、深く一礼する。


「承知いたしました」


 そう告げると、静かに執務室を後にした。


 扉が閉まる。


 部屋に静寂が戻る。


 ブロッケスは、閉じられた扉をしばらく見つめていた。


 静かに目を伏せる。


 ――運命を切り開くか……。


 ――それとも、呑まれるか……。





 審問の部屋。


 クラウスが部屋を出ていったあと。


 誰一人、口を開かなかった。


 静まり返った部屋。


 時計の針だけが、ゆっくりと時を刻んでいく。


 長い沈黙が続く。


 やがて。


 扉が開いた。


 クラウスが部屋へ戻ってくる。


 静かに席へ腰を下ろすと、一同を見渡した。


「確認が取れました」


「審問院長名で」


「王妃へ出席を要請しております」


「今しばらく、お待ちください」


 その言葉を聞いた瞬間。


 ティルの表情が僅かに曇る。


 再び沈黙が流れた。


 しばらくして。


 重厚な扉がゆっくりと開かれる。


 部屋の空気が変わった。


 王妃フレイアが姿を現す。


 クラウスは静かに立ち上がった。


「お忙しいところ、ご足労いただきありがとうございます」


 軽く一礼する。


「こちらへ、お願いいたします」


 フレイアは無言のまま歩き出した。


 ユリアの視線は、その姿を静かに追い続ける。


 だが。


 フレイアと目が合うことはなかった。


 王妃が席へ腰を下ろす。


 クラウスも静かに着席した。


「それでは」


「審問を再開します」


 一拍置く。


「先ほど」


「アルベリヒの国家反逆は」


「ここ最近始まったものではない」


「十五年前から続いていた」


「そのようなお話がありました」


「さらに」


「ライヘンバッハ国王夫妻の事故死にも関係している、と」


「そういうご主張でしたね」


 ユリアは静かに頷く。


「ええ」


 そして。


 僅かに笑みを浮かべた。


「十五年前の事故……」


「第一発見者だったアルベリヒは」


「事故のあと」


「真っ先に、フレイア様へ報告した」


「……そういうことになっています」


 ユリアは真っ直ぐフレイアを見つめた。


「覚えていらっしゃいますか……」


「あの日」


「あの現場に」


「私もいたことを」


 その瞬間。


 フレイアの表情が僅かに変わる。


 ゆっくりとユリアへ視線を向けた。


 蒼銀色の瞳。


 ――ライヘンバッハ……。


 胸の奥がざわつく。


 だが。


 思い出せない。


 目の前の少女が、誰なのか。


 ユリアは、その反応を静かに見つめていた。


 ――思ったより冷静ね……。


 ――でも。


 ――やっぱり、私を忘れている。


 小さく息を吐く。


「まあ」


「覚えていらっしゃらないでしょうけれど」


「皆さん」


「少しずつ忘れていっているようですから」


 フレイアが静かに口を開く。


「先ほどから」


「何をおっしゃりたいのですか」


「私は」


「アルベリヒの国家反逆について」


「重要なお話があると聞いて参りました」


「これ以上」


「結論の見えない話が続くのであれば」


「失礼させていただきます」


 フレイアは静かに立ち上がる。


 ユリアは少しだけ声を強めた。


「そうですね」


「国家反逆は」


「今に始まったことではありません」


「フレイア様」


「あなたのお名前を」


「色々なところで拝見しましたわ」


 立ち上がったまま。


 フレイアはユリアを鋭く見据える。


 ティルの表情も強張る。


 ユリアは続けた。


「捜査資料」


「審問資料」


「そして」


「外交資料にも」


 フレイアは表情を崩さない。


 だが。


 声だけが少し硬くなる。


「つまり」


「アルベリヒは」


「この国の機密を」


「あなたへ横流ししていた」


「そういうことですね」


 一歩前へ出る。


「それで十分ではありませんか」


 クラウスへ視線を向ける。


「審問官クラウス」


「判断を」


 クラウスは静かに頷いた。


「ユリアさんは」


「アルベリヒから機密資料を受け取っていたことを認めています」


「国家反逆の嫌疑については」


「十分に認められます」


「判決につきましては」


「後日、改めて申し渡します」


 フレイアは何も言わなかった。


 そのまま踵を返す。


 静かに審問室を後にしていく。


 背筋は真っ直ぐだった。


 歩みも乱れない。


 だが。


 扉へ手を掛けた、その右手だけは。


 わずかに震えていた。



 審問院長ブロッケスの執務室。


 机の上には、一枚の書類が置かれていた。


 ユリア・フォン・ライヘンバッハ。


 処刑執行許可。


 ブロッケスは、その書類を静かに見つめていた。


 目の前には、ティル・ヨナグリンが立っている。


「十五年前。」


「あなたは正しい判断をされました。」


「この国の……」


「安定のために」


「審問院長」


「お分かりですね」


 ブロッケスは静かに頷いた。


「ええ」


「十五年前も」


「それからも」


「私は……」


「この国のために尽くしてきた」


 ティルは満足そうに小さく頷く。


「結構です」


 そう言い残し、踵を返した。


 静かに執務室を後にする。


 扉が閉まる。


 部屋には、ブロッケスだけが残された。


 閉ざされた扉を、しばらく見つめる。


 やがて視線を落とした。


 机の上。


 ユリアの処刑許可書。


 ブロッケスは静かにペンを取る。


 迷いはなかった。


 ゆっくりと署名を書き終える。


 ペンを置く。


 そして。


 小さく目を閉じた。


 ――結局……。


 ――抗えなかったか……。


 胸の内で、静かに呟く。


 ――王になる器では、なかったか……。




 処刑の日。


 ユリアは、ギロチン台へ続く道を歩いていた。


 名もなき少女の処刑。


 広場へ集まった人々は、決して多くはない。


 誰もが、無関心なままその姿を眺めている。


 ユリアは真っ直ぐ前だけを見据えていた。


 ――もう。


 ――この国に、私を覚えている人はいない。


 それでも。


 歩みは止まらない。


 ギロチンが、ゆっくりと近づいてくる。


 ユリアは静かに目を閉じた。


 ――次は。


 ――この処刑から逃れてみせる。


 ゆっくりと目を開く。


 蒼銀色の瞳には、迷いはなかった。


 ――そして。


 ――私が。


 ――王になる。


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。


これにて、第一幕「祝福なき王女」は終了となります。


ユリアは幾度も死に戻りを繰り返しながら、ようやく「処刑を回避する」だけでは何も変わらないことに気付き、「王になる」という新たな目標へ辿り着きました。


第二幕からは、その決意を胸に、物語がさらに大きく動き始めます。


少しでも「続きが気になる」と思っていただけましたら、評価や感想をいただけると、とても励みになります。


一つひとつ大切に読ませていただき、今後の執筆の力にさせていただきます。


引き続き、『忘却曲線上の悪役令嬢』をよろしくお願いいたします。

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