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忘却曲線上の悪役令嬢――死に戻るたび、世界は私を忘れていく  作者: 直助
第一幕 祝福なき王女

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第三十六話 漸強

 二月十二日。


 朝。


 ユリアは窓際へ立ち、ぼんやりと外を眺めていた。


 頭の中では。


 昨夜、外交資料庫で目にした資料が何度も巡っている。


 ――国王の承認がない外交。


 ――シュテルンハイム王国。


 ――そして。


 ――特命使節、フレイア・フォン・ヴォルクナー。


 ユリアは小さく息を吐いた。


 ――ヴォルフラムは……。


 ――本当に口封じで殺されたの……?


 もし、そうだとしたら。


 秘密を知りすぎたから。


 それとも。


 フレイアの指示へ従わなくなったから。


 ユリアは静かに目を閉じる。


 ――フレイアは……。


 ――この国で、一体何をしてきたの……。


 その時だった。


 コンコン。


 部屋の扉が叩かれる。


 ――朝食……?


 そう思った次の瞬間。


 返事を待たず、扉がゆっくりと開いた。


 部屋へ入ってきたのは、審問官クラウスだった。


 ユリアの姿を見るなり、小さく目を丸くする。


「おや……」


「本当にいらっしゃいましたか」


 その言葉に。


 ユリアは思わず卓上暦へ視線を向ける。


 二月十二日。


 ――おかしい……。


 ――審問は、まだのはず……。


 クラウスはゆっくりとユリアの前まで歩み寄る。


「あなたが」


「ユリアという方で、間違いありませんか」


 ユリアは静かに頷いた。


「ええ」


 クラウスも小さく頷き返す。


「名簿に記載のない人物が」


「王宮の客室へ滞在しているとの報告を受けました」


 一拍置く。


「事情を伺いたいと思います」


「私と一緒に来ていただけますか」


 ユリアは静かにクラウスを見つめた。


 ――違う……。


 ――まだ、その件じゃない。


 小さく息を吐く。


「……分かりました」


 そう答えると、静かに立ち上がる。


 クラウスは部屋を出た。


 ユリアも、その後ろを静かについて歩き始めるのだった。





 ユリアは、審問の行われる部屋へ通された。


 重厚な扉が閉まる。


 薄暗い室内。


 正面には、審問官クラウスが静かに腰を下ろしていた。


 その少し後方。


 書記官。


 そして。


 ティル・ヨナグリンの姿がある。


 ユリアは静かにティルへ視線を向けた。


 ――ティルまでいる……。


 ――ただの身元確認では、終わらない。


 部屋の中央に置かれた席へ腰を下ろす。


 クラウスは一枚の書類へ目を落とすと、静かに口を開いた。


「これより、審問を開始します」


 一拍置く。


 ユリアの顔を見る。


「では始めます。」


 ユリアは真っ直ぐクラウスを見つめた。


「ええ」


 クラウスは小さく頷く。


「名簿に記載のない人物が」


「王宮の客室へ滞在しているとの報告を受けました」


「事情を伺いたいと思います」


「まず」


「無断で、あの客室へ住んでいた」


「その認識で間違いありませんか」


 ユリアは静かに首を振る。


「無断ではありませんわ」


「それに」


「私は、ずっとあそこへ住んでいます」


 クラウスは淡々と書類へ目を落とした。


「ですが」


「名簿には」


「あなたの名前は、どこにもありません」


 ユリアは小さく笑みを浮かべる。


 一瞬だけ、ティルへ視線を向けた。


「誰かが消したんじゃないでしょうか」


「例えば……」


「王妃フレイア様とか」


 その瞬間。


 ティルの視線が鋭く細められる。


 クラウスは静かに咳払いをした。


「……確認できませんね」


「では」


「別の件へ移ります」


 書類を一枚めくる。


「あなたが」


「外務卿だったアルベリヒと接触していた」


「そのような証言があります」


「この件については、間違いありませんか」


 ユリアは、その言葉へ引っ掛かった。


 ――外務卿”だった”……?


 ゆっくりと顔を上げる。


「王宮へ住んでいれば」


「廊下ですれ違うことくらいありますでしょう」


 一拍置く。


「それより」


「少し、お聞きしたいのだけれど」


「外務卿”だった”とは」


「どういう意味……?」


 クラウスは静かに答えた。


「アルベリヒは――」


 一瞬だけ言葉を止める。


「死にました」


 ユリアは反射的に立ち上がる。


「どういうこと!?」


 血の気が、一気に引いていく。


 クラウスは落ち着いた口調で続けた。


「お座りください」


 ユリアはゆっくりと席へ腰を下ろす。


 クラウスは淡々と説明を続ける。


「アルベリヒには」


「国家反逆の嫌疑が掛けられていました」


「審問の手続きを進めようとしたところ」


「逃亡を図ったため」


「昨夜」


「騎士団により処分されました」


 ユリアは俯く。


 拳を強く握り締めた。


 ――分かっていた。


 ――こういう者たちを相手にしている。


 それでも。


 アルベリヒを巻き込んでしまった。


 胸の奥が痛む。


 しばらく沈黙が流れた。


 やがて。


 ユリアはゆっくりと顔を上げる。


「そうですか……」


「アルベリヒが死にましたか」


 静かな笑みを浮かべた。


「もう少し役に立ってくれるかと思っていましたが」


「見込み違いでしたね」


 クラウスの表情が変わる。


「……それは」


「どういう意味ですか」


 ユリアはティルを見つめたまま答えた。


「彼には協力してもらっていたんです」


「外交資料を見たいとお願いして」


「面白いものが残っていましたね」


 一拍置く。


「面白い名前も」


 ティルの瞳が鋭く光る。


 ユリアは笑みを崩さない。


「それに」


「外交資料だけではありません」


「十五年前――」


 その瞬間。


 ガタンッ。


 ティルが勢いよく立ち上がった。


 クラウスが思わず振り返る。


 部屋へ緊張が走る。


 数秒の沈黙。


 クラウスは小さく咳払いをした。


「……事情が変わりました」


「あなたには」


「国家反逆の嫌疑が生じています」


「日を改め」


「改めて審問を行います」


 静かな部屋に。


 その宣告だけが重く響いた。


 クラウスは静かに書類を閉じた。


「本日の審問は、以上です」


 ゆっくりと立ち上がる。


 そのまま扉へ歩み寄り、外へ声を掛けた。


 扉が開く。


 二人の騎士が部屋へ入ってきた。


 ユリアは何も言わず立ち上がる。


 騎士に挟まれるようにして、審問室を後にした。




 静かな廊下を歩く。


 やがて、自室の前へ辿り着く。


 ユリアが部屋へ入る。


 扉が閉まる。


 その外には、二人の騎士がそのまま立った。


 ――監視……。


 もう自由に動くことはできない。


 ユリアはゆっくりと椅子へ腰を下ろした。


 しばらく俯く。


 そして。


 静かに目を閉じる。


 ――アルベリヒ……。


 胸が締め付けられる。


 ――ごめんなさい……。


 堪えていた涙が、一筋だけ頬を伝った。


 ユリアは慌てて腕で拭う。


 小さく息を吐く。


 ――今回も。


 ――処刑される。


 それは、もう分かっていた。


 だが。


 まだ終わりではない。


 ――次の審問で……。


 ユリアはゆっくりと顔を上げる。


 蒼銀色の瞳に、静かな決意が宿る。


 ――王妃フレイアを。


 ――この審問の場へ引きずり出す。


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