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忘却曲線上の悪役令嬢――死に戻るたび、世界は私を忘れていく  作者: 直助
第一幕 祝福なき王女

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第三話 転調

 ユリアの自室。


 侍女のエアが、慣れた手つきで紅茶を淹れていた。


「エア、聞いてよ」


 ソファへ腰掛けたまま、ユリアは不満げに頬を膨らませる。


「ほんと、ムカつく!」


 勢いよくそう言うと、先ほど庭園でエルザと遭遇したことを話し始めた。


 視線を逸らされたこと。


 関わるなと言われたこと。


 まるで汚物を見るような態度を取られたこと。


 エアは静かに相槌を打ちながら、カップへ紅茶を注いでいく。


 やがて湯気の立つ紅茶を、そっとユリアの前へ置いた。


「まあまあ」


 エアは困ったように微笑む。


「そんなに怒らないでください」


「エルザ様も、悪意があるわけではありませんよ」


 ユリアは不貞腐れたように視線を逸らす。


「だって……」


 納得できない。


 そんな感情が、その一言へ滲んでいた。


 エアは小さく笑う。


 そして、ふと思い出したように口を開いた。


「そういえば、もうすぐ成人の儀でしたね」


 その言葉に、ユリアの肩がわずかに揺れる。


「ユリアも、

 そろそろ王族としての自覚を持ちましょうね」


 痛いところを突かれた。


 そんな表情を、ユリアは隠そうともしなかった。


 エアはさらに念を押すように続ける。


「それと」


「必ずご出席してくださいね」


 にこやかな声音だった。


 けれど、その言葉には妙な圧がある。


 ユリアは視線を逸らしたまま、小さく答える。


「……わかってるわよ」


 エアは、そんなユリアを見つめながら、小さく息を吐いた。


 部屋には、静かな紅茶の香りだけが残る。



 それからしばらく。


 王宮では、いつも通りの静かな日々が続いていた。



 ある日の朝。


 ユリアは、扉を叩く音で目を覚ました。


 薄く目を開ける。


 窓の外から差し込む冬の朝日が、ぼんやりと部屋を照らしていた。


 ――朝食か……。


 まだ眠気の残る身体を起こし、ゆっくりと扉へ向かう。


 鍵を外し、扉を開けた。


 そこに立っていたのは、書記官のクルトだった。


 部屋の外。


 朝食が載せられた台が静かに置かれている。


 クルトは恭しく頭を下げた。


「ユリア様」


「本日、成人の儀が執り行われますので」


「お遅れになりませぬよう」


 それだけを告げると、クルトは再び一礼し、その場を去っていった。


 ユリアは小さく息を吐く。


 窓際へ歩み寄り、外を見下ろした。


 王宮の庭には、既に人の姿が見える。


 使用人たちが慌ただしく行き交っていた。


 ――少し寝過ぎたようね……。


「面倒くさいけど」


「しかたないか……」


 しばらくして。


 エアに正装を整えられながら、ユリアは気怠そうに鏡を見る。


 白を基調とした王族衣装。


 胸元には、ライヘンバッハ家の紋章。


 だが、それを身につけても、誇らしい気持ちにはなれなかった。


「終わったら、すぐ戻るわ」


 そう呟き、ユリアは儀式の間へ向かう。


 成人の儀は、滞りなく進んでいった。


 形式だけの祝辞。


 形式だけの拍手。


 その音を聞いた瞬間。


 ユリアは、妙な既視感を覚えた。


 ――……前にも、

 この光景を見たような……。


 けれど、思い出せない。


 ユリアは小さく眉をひそめた。


 静かに出席者たちの顔を見回す。


 ――儀式とはいったものの……。


 ――国王も、王妃もいない。


 いるのは。


 エルザ・フォン・ヴォルクナー。


 そして、国王付き秘書官のティル・ヨナグリン。


 他は、名ばかりの下級貴族たちだけだった。


 ユリアは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


 ――結局。


 ――私は、この程度ってことね……。


 乾いた拍手だけが、

 静かに広間へ響いていた。




 成人の儀から、しばらくが過ぎていた。


 王宮は変わらず静かだった。



 ユリアは自室で、本を読みながら静かな時間を過ごしていた。


 その時だった。


 激しく扉を叩く音が響く。


 ユリアは顔を上げ、扉へ視線を向けた。


「ユリア様!」


 聞こえてきたのは、エアの声だった。


 ただ、いつもの落ち着いた声音ではない。


 切羽詰まったような声。


 ユリアは眉をひそめながら立ち上がる。


 扉を開けた。


 そこに立っていたエアは、顔面を青ざめさせていた。


 呼吸も乱れている。


 ユリアはその様子に戸惑う。


「どうしたの……?」


 エアは周囲を気にするように廊下へ視線を走らせる。


 そして急ぐように部屋へ入り、扉を閉めた。


 ユリアの肩を強く掴む。


 その手は、小さく震えていた。


「ちょ、ちょっと……」


 ユリアはさらに困惑する。


「どうしたのよ。

 少し落ち着いて」


 エアは息を整えながら、ゆっくりとユリアを見つめた。


「ユリア……」


 その声音には、はっきりと恐怖が滲んでいた。


「あなたに――」


 一瞬、言葉を詰まらせる。


 そして。


「国家反逆の疑いがかけられている」



 その言葉を聞き。


 ユリアは目を見開いた。


「そんな……」


 喉が、ひどく乾く。


 心臓が嫌な音を立てていた。


 ――あれは、夢じゃなかったの……?


 脳裏に蘇る。


 群衆。


 ギロチン。


 冷たい刃。


 そして。


 自分へ向けられた、処刑宣告。


 ――いや……。


 ユリアは小さく首を振る。


 ――処刑なんてされない……。


 その時だった。


 何かに引き寄せられるように、ユリアは窓際へ視線を向ける。


 卓上暦。


 そこに記されていた日付を見て、ユリアの呼吸が止まった。


 三月十五日。


 ――あの記憶……。


 ――処刑の日は。


 三月三十一日。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


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