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忘却曲線上の悪役令嬢――死に戻るたび、世界は私を忘れていく  作者: 直助
第一幕 祝福なき王女

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第二十八話 黙示録

 一月三十一日。


 夜。


 ユリアは寝台の上で静かに目を開けた。


 脳裏に浮かぶのは。


 アルベリヒに殺された瞬間。


 そして。


 外交資料庫で見つけた、あの帳簿だった。


 ――よく考えれば……。


 ――今から取りに行ってもいいのかしら……。


 窓の外はすでに暗い。


 王宮も静まり返っている。


 ――それなりに遅い時間よね……。


 ユリアはゆっくりと寝台を降りた。


 音を立てないよう部屋を出る。


 静かな廊下を歩く。


 向かう先は。


 鍵管理室だった。


 王宮の一角。


 ひっそりとした小部屋。


 ユリアは扉を開け、中へ入る。


 壁一面には、大小さまざまな鍵が整然と掛けられていた。


 薄暗い室内。


 一本ずつ札を確かめていく。


 やがて。


 目的の文字を見つけた。


 外交資料庫。


 ユリアは静かに鍵を手に取る。


 ――これね。


 ――意外と、あっさり見つかったわ。


 部屋を出ようとした、その時だった。


 コツ……。


 廊下から足音が聞こえた。


 ユリアは息を呑む。


 慌てて部屋の奥へ身を隠した。


 扉は閉め切らず。


 わずかに残した隙間から、廊下の様子を窺う。


 暗い廊下を、一人の人影が歩いてくる。


 ゆっくりと。


 こちらへ向かって。


 ――誰……?


 ユリアは目を細める。


 そして。


 その姿を見た瞬間。


 思わず目を見開いた。


 ――王妃……。


 フレイア・フォン・ヴォルクナー。


 フレイアは虚ろな表情のまま歩いていた。


 口元はかすかに動いている。


 何かを呟いているようだった。


 顔は強張り。


 まるで何かに取り憑かれているかのようだった。


 そのまま。


 鍵管理室の前を通り過ぎる。


 ユリアは息を潜めたまま、その後ろ姿を見送る。


 やがて足音は遠ざかり。


 静寂が戻った。


 ――いったい……。


 ――何なの……?


 小さく息を吐く。


 背筋へ冷たいものが走っていた。


 そして。


 ふと、一つのことを思い出す。


 ――そういえば……。


 ――今さらだけど。


 私が死に戻ってくる日。


 一月三十一日って……。


 ――お父様とお母様が殺された日でもある……。


 そこまで考えたところで、ユリアは小さく首を振った。


 ――今は、それより。


 ――帳簿ね。


 ユリアは静かに扉を押し開ける。


 周囲を確認する。


 誰もいない。


 外交資料庫の鍵を握り締めると、足音を殺しながら廊下の奥へ歩き出した。



 外交資料庫へ入る。


 扉を静かに閉めた。


 ユリアは燭台へ火を灯す。


 橙色の明かりが、薄暗い室内をぼんやりと照らした。


 迷うことなく奥の本棚へ向かう。


 一冊の書物を引き抜く。


 その裏へ手を伸ばす。


 指先が、一冊の帳簿へ触れた。


 ――あった……!


 ユリアは小さく息を吐く。


 急いで帳簿を抱える。


 燭台の火を吹き消すと、そのまま足早に資料庫を後にした。


 向かった先は鍵管理室。


 外交資料庫の鍵を元の場所へ静かに戻す。


 ――これで……。


 部屋を出ようとした、その時だった。


 コツ……。


 再び廊下から足音が聞こえる。


 ユリアは咄嗟に柱の陰へ身を隠した。


 ――今度は誰よ……。


 息を潜めながら様子を窺う。


 やがて姿を現した人物を見て、目を見開く。


 ――アルベリヒ……。


 アルベリヒは鍵管理室へ入り、ほどなくして姿を現した。


 手には一本の鍵が握られている。


 ユリアはその後ろ姿を見つめる。


 ――やっぱり……。


 自然と足が動いていた。


 一定の距離を保ちながら後を追う。


 アルベリヒが向かった先は。


 外交資料庫。


 扉を開け、中へ入っていく。


 ユリアは柱の陰から様子を窺った。


 静寂。


 やがて。


「ない……」


 小さな声が聞こえた。


 続いて。


「ないぞ!」


 焦りを隠せない叫び。


 資料を乱暴に引き抜く音。


 本棚を探し回る物音が、静かな廊下へ漏れ聞こえてくる。


 しばらくして。


 アルベリヒは外交資料庫から飛び出すように姿を現した。


 顔色は真っ青だった。


「これが……」


「王妃やティルに知られたら……」


 震える声だけを残し、足早に廊下の奥へ消えていく。


 ユリアは柱の陰から静かにその背中を見送った。


 胸に抱えた帳簿へ視線を落とす。


 ――やっぱり。

 この帳簿には、

 何かがある。



 ユリアは自室へ戻ると、机へ帳簿を置いた。


 ゆっくりと表紙を開く。


 そこには。


 『一月三十一日 ライヘンバッハ国王夫妻殺害について』


 そう記されていた。


 ――殺害……。


 その二文字を見た瞬間。


 ユリアの鼓動が大きく鳴る。


 改めて「殺害」という言葉を目にすると、その重みはまるで違っていた。


 ユリアは静かに頁をめくる。


 ――日記……。


 ――いえ、記録のようなものね。


 最初の頁には、乱れた文字でこう綴られていた。




『夜の出来事』


『私は運が悪かった』


『フレイアが』


『ライヘンバッハ国王へ短剣を突き立て』


『そのまま階段の下へ突き落とした』


『続けて王妃も』


『短剣で刺し』


『階段の下へ』




 ユリアは息を呑んだ。


 怪しいとは思っていた。


 記憶の中でも。


 返り血を浴びたフレイアの姿は見えていた。


 それでも。


 こうして第三者の記録として残されているのを見ると、衝撃は比べものにならなかった。


 ユリアは震える指で頁をめくる。




『私は恐ろしくなった』


『腰が抜け』


『立っていることもできなかった』


『その後のことは、よく覚えていない』


『ティルに怒鳴られた』


『私は』


『フレイアを支えて』


『部屋へ戻した』


『血の付いた衣服も処分した』


『私は加担してしまった』


『気持ちの整理がつかない』




 さらに頁をめくる。


 日付が変わっている。




『捜査は始まった』


『事故ではなく』


『事件として調べられているらしい』


『それなのに』


『ローエン・フォン・ヴォルクナーが王へ即位した』


『なぜだ』


『フレイアは』


『前国王夫妻を殺したんだぞ』




 さらに頁をめくる。




『ティルが動いていたようだ』


『捜査は突然終わった』


『どうやったのか分からない』


『最後は』


『審問院長ブロッケスの通達だったと聞いた』


『本当に』


『ブロッケス自身の判断だったのだろうか』




 さらに頁をめくる。




『まだ気持ちの整理がつかない』


『フレイアとティル』


『あの二人が恐ろしい』


『もう逆らうことはできない』


『私も共犯者だ』




 その後も。


 似たような内容が何度も綴られていた。


 後悔。


 恐怖。


 罪悪感。


 同じ言葉を繰り返すだけだった。


 それ以上、新しい情報は見当たらない。


 だが。


 たった一つだけ。


 疑いようのない事実が記されていた。


 フレイア・フォン・ヴォルクナー。


 彼女が。


 ライヘンバッハ国王と王妃を刺し。


 階段の下へ突き落としたこと。


 ユリアは静かに帳簿を閉じる。


 脳裏に蘇る。


 返り血を浴び。


 階段の上から自分を見下ろしていた、一人の女。


 ――やっぱり……。


 ――あの日の記憶は、間違っていなかった。


 ユリアは再び帳簿へ視線を落とす。


 この帳簿には。


 まだ使える情報が残っている。


 そして何より。


 ――アルベリヒは、この帳簿の内容が知られることを恐れている。


 ――これで。


 あいつは、もう逃げられない。


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