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忘却曲線上の悪役令嬢――死に戻るたび、世界は私を忘れていく  作者: 直助
第一幕 祝福なき王女

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第二十六話 諧謔曲

 夜。


 一月三十一日。


 ユリアは寝台の上で静かに目を開けた。


 天井を見つめたまま、小さく舌打ちをする。


 ――ただ殺されているだけじゃない……。


 ――やっぱり。


 ――王妃とティル。


 この二人は、確実に関わっている。


 お父様とお母様が殺された事件。


 そして。


 私の処刑にも……。


 ユリアはゆっくりと息を吐く。


 脳裏に、一人の男の顔が浮かんだ。


 ――アルベリヒ……。


 十五年前の事件。


 第一発見者の一人。


 夜会でも、王妃やティルと行動を共にしていた男。


 ――あいつが一番、ボロを出しそうね……。


 真正面から問い詰めれば、何か反応するかもしれない。


 ユリアは静かに目を閉じる。


 ――夜会が終わったあと。


 一人になったところで揺さぶってみるか。



 二月一日。


 ユリアは余計な行動を控え、二月三日の夜会を待つことにした。


 窓の外では、陽がゆっくりと西へ傾き始めている。


 午後。


 静かな時間が流れていた。


 ユリアはふと、エルザのことを思い出す。


 ――そういえば……。


 ――エルザは、このくらいの時間に扉の前へ来ていたわね……。


 ――私のことは、もう忘れているかしら……。


 確かめるように、ゆっくりと扉へ歩み寄る。


 ドアノブへ手を掛ける。


 静かに扉を開いた。


 視線を上げる。


 そこには。


 エルザが立っていた。


 互いの視線が交わる。


 一瞬の沈黙。


 だが。


 エルザは以前のようにユリアを避けようとはしなかった。


 戸惑ったように瞬きを繰り返すだけだった。


 ユリアはそっと微笑む。


「お茶でも飲んでいかない?」


 エルザは少し驚いたような表情を浮かべる。


 しばらく迷うようにユリアを見つめていた。


 やがて、小さく頷く。


「……はい」


 そう答えると、静かにユリアの部屋へ足を踏み入れた。




 ユリアはお茶を淹れる。


「ごめんね」


「少し冷めちゃっているけど」


 そう言いながら、机へカップを置いた。


 エルザは小さく会釈をすると、そっとカップへ口を付ける。


 どこか落ち着かない様子で、何度もユリアへ視線を向けていた。


 やがて。


 小さく首を傾げる。


「私たち……どこかで、お会いしましたか?」


 その一言に。


 ユリアは小さく目を伏せた。


 ――やっぱりね……。


 そう思う一方で。


 胸の奥が締め付けられる。


 ずっと自分を避け続けていた少女。


 けれど、前回の死に戻りでは。


 少しだけ心を開いてくれた。


 それが今は。


 その時間さえ、なかったことになっている。


 避けることすらない。


 そこにいるのは、初めて会う相手を見るような少女だった。


 ――慣れたつもりだったけど……。


 ――なかなか難しいものね。


 ユリアは小さく笑みを作る。


「ええ」


「昔、少しだけね」


 エルザは申し訳なさそうに笑った。


「ごめんなさい……」


「どうしても思い出せなくて……」


 ユリアは静かに首を振る。


「気にしなくていいわ」


 そう答えながら。


 胸の奥だけが、また少し痛んだ。



 二月三日。


 夜。


 ユリアは静かに自室を出た。


 余計な行動は起こさない。


 夜会が終わる、この時だけを待っていた。


 廊下を歩き、夜会会場近くの物陰へ身を潜める。


 ――もうすぐ終わる頃ね……。


 静かに息を潜める。


 ――前回。


 ――王妃に話しかけられた時、ティルはいた。


 ――でも、アルベリヒはいなかった。


 ――おそらく、一足先に会場を後にしている……。


 やがて。


 夜会が終わったのだろう。


 会場の扉が開く。


 議会関係者や貴族たちが次々と廊下へ姿を現した。


 談笑しながら歩く者。


 足早に立ち去る者。


 その人混みの中に。


 ユリアは目的の人物を見つける。


 ――いた……。


 ――アルベリヒ。


 ユリアは人波へ紛れ込み、一定の距離を保ちながら後を追う。


 やがて人々は、それぞれの部屋へ散っていく。


 廊下から人影が消えた。


 残るのはアルベリヒ一人。


 ユリアは静かに歩み寄る。


「アルベリヒ卿」


 背後から不意に声を掛けられたアルベリヒは、肩を大きく震わせた。


 足を止める。


 ゆっくりと振り返ると、怪訝そうにユリアを見つめた。


「……何か御用ですか?」


 その視線が、頭の先から足元までを値踏みするように動く。


「失礼ですが、お見掛けした記憶がありません」


「どちらのお家の方でしょうか」


 ユリアは穏やかな笑みを浮かべた。


 だが、その笑みはどこか作り物めいていた。


「少し、お伺いしたいことがあるんです」


 アルベリヒは眉間へ皺を寄せる。


「まずは、こちらの質問に――」


 ユリアはその言葉を遮った。


「十五年前……」


 一拍置く。


「ライヘンバッハ国王と王妃の死について、お聞きしたいのです」


 その瞬間だった。


 アルベリヒの表情が凍り付く。


 みるみる顔から血の気が引いていく。


「あ……」


「ふ、不慮の事故に……」


 震える声で言葉を絞り出す。


「……ついて、ですか」


 ユリアはその反応を見逃さなかった。


 ゆっくりと目を細める。


 ――やはり。


 ――知っている……。


 ユリアは再び柔らかな笑みを浮かべる。


「不慮の事故……ですか」


 静かな沈黙が流れる。


 そして。


「あの大量の血は……」


「いったい、何だったのでしょうか?」


 アルベリヒの肩がびくりと震えた。


 額へ汗が滲む。


「な……」


「何を知っている……?」


 息が乱れる。


「わ、私は……」


「私はやっていないぞ!」


 ユリアの瞳が鋭く光る。


「私”は”……?」


 その一言で。


 アルベリヒはしまったというように口を押さえた。


 次の瞬間。


 踵を返し、廊下を駆け出す。


「私は何も知らない!」


 その声だけを残し、暗い廊下の向こうへ消えていった。


 ユリアは、その後ろ姿を静かに見送る。


 ――やはり。


 ――あの人は、あの現場にいた。


 ――そして。


 お父様とお母様が殺される、その瞬間を見ていた。


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