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忘却曲線上の悪役令嬢――死に戻るたび、世界は私を忘れていく  作者: 直助
第一幕 祝福なき王女

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第二十四話 残響

 窓の外から。


 わずかな月明かりが部屋へ差し込んでいた。


 ユリアは椅子へ深く腰を下ろす。


 静まり返った部屋。


 聞こえるのは、自分の呼吸だけだった。


 目を閉じる。


 ――見ている。


 ――お父様とお母様を殺した人物を……。


 ――誰だ……。


 ゆっくりと記憶を辿る。


 階段の上。


 そこに立つ人影。


 だが。


 顔だけが霧に包まれたように霞んで見えない。


 ――記憶が薄い……。


 ユリアはさらに意識を沈めた。


 もっと深く。


 もっと奥へ。


 脳裏に、今日見た捜査資料が浮かぶ。


 第一発見者。


 ティル。


 アルベリヒ。


 そして。


 現王妃、フレイア・フォン・ヴォルクナー。


 その名前が脳裏を過った瞬間。


 別の記憶が呼び起こされる。


 ――夜会……。


 王妃。


 ティル。


 二人は並んで話していた。


 夜会が終わった後も。


 誰もいない廊下で。


 二人だけで言葉を交わしていた。


 ユリアはゆっくりと目を見開く。


 王妃とティル。


 あの時の二人の姿が。


 記憶の中の階段の上に立つ人影と重なっていく。


 ユリアは息を呑む。


 鼓動が速くなる。


 さらに記憶を辿った。


 口元から流れる血。


 床を染める赤。


 倒れている人。


 ――お母様……!?


 幼い自分が泣き叫んでいる。


 そして。


 階段の上。


 誰かが立っていた。


 長い髪。


 返り血に濡れた衣。


 ゆっくりとこちらを見下ろす、その顔は――。


 フレイア・フォン・ヴォルクナー。


 その背後には。


 ティルが静かに立っていた。


 ユリアは思わず口元を押さえる。


 荒くなる呼吸。


 震える指先。


 自分の記憶が本当に正しいのかは分からない。


 だが。


 失われていた記憶は、あまりにも鮮明だった。


 返り血を浴びたフレイアが。


 あの日。


 階段の上に立っていた。





 薄暗い部屋。


 フレイアは落ち着きを失っていた。


 部屋の中を何度も歩く。


 立ち止まる。


 椅子へ腰を下ろす。


 だが。


 すぐにまた立ち上がる。


 胸の奥のざわめきが消えない。


 ――あの娘……。


 ――ユリア……。


 夜会で自分を見つめていた瞳。


 夜会が終わった後も。


 こちらを見つめていた視線。


 あれは偶然ではない。


 ――思い出したの……?


 ――あの日のことを。


 証拠は残っていない。


 誰も信じない。


 そう分かっている。


 それでも。


 胸騒ぎだけは収まらなかった。


 ――あの娘を……。


 ――どう始末すればいいの……。


 その瞬間。


 フレイアの意識は十五年前へと遡った。


 一月三十一日。


 夜。


 ライヘンバッハ国王へ短剣を突き立てる。


 国王の身体が大きく傾く。


 そのまま階段を転がり落ちていった。


 階段の途中で鈍い音が響く。


 ライヘンバッハ王妃は目を見開いたまま、その光景を見つめていた。


 悲鳴も上げられない。


 フレイアは迷わず歩み寄る。


 短剣を王妃の胸へ突き立てた。


 鮮血が飛び散る。


 返り血が頬を濡らす。


 そのまま身体を押す。


 王妃もまた階段を転がり落ちていった。


 背後でティルが何かを叫んでいる。


 だが。


 その声は耳へ入らない。


 フレイアは階段の下を見下ろした。


 国王。


 王妃。


 二人の間で、小さな少女が泣き叫んでいる。


 ――ユリア・フォン・ライヘンバッハ。


 少女が顔を上げる。


 視線が交わった。


 ――見られた……。


 フレイアはゆっくりと階段を下りる。


 ティルはなおも何かを叫び続けていた。


 それでも足は止まらない。


 少女の前へ立つ。


 迷いなく短剣を横へ払う。


 赤い飛沫が舞う。


 頬へ温かな返り血が散った。


 その瞬間だった。


 世界が暗転する。


 足元が崩れるような感覚。


 意識が揺らぐ。


 倒れそうになる身体を、必死に踏み止まる。


 再び視界が開けた。


 フレイアの目の前には。


 まだ生きているライヘンバッハ王妃。


 短剣は再び、その胸へ突き立てられていた。


 頬へ温かな返り血が飛ぶ。


 王妃の身体が階段を転がっていく。


 フレイアは階段の上に立っていた。


 階段の下。


 国王と王妃が倒れている。


 そして。


 その傍らでは。


 幼いユリア・フォン・ライヘンバッハが泣き叫んでいた。


 フレイアは目を見開く。


 ――どういうこと……。


 理解する間もない。


 まるで何かに引き寄せられるように、再び階段を下りる。


 少女の前へ立つ。


 短剣を振り下ろす。


 返り血。


 世界が暗転する。


 身体が揺らぐ。


 そして。


 視界が開ける。


 フレイアは再び、階段の上に立っていた。


 頬には、生温かな返り血。


 右手に伝わる感触だけは消えない。


 人の身体を貫く、鈍く重い手応え。


 それだけが、

 何度世界を繰り返しても。


 この手に積み重なっていく。


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