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忘却曲線上の悪役令嬢――死に戻るたび、世界は私を忘れていく  作者: 直助
第一幕 祝福なき王女

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第十七話 夜想曲

 死に戻るたびに。


 私という存在が忘れられていっている。


 ユリアは頭を抱えた。


 もし。


 本当にそうだとしたら……。


 どうすればいいの……。


 死に戻るたびに忘れられる。


 なら。


 いつか誰も私を知らなくなる。


 リゼも。


 クルトも。


 エアも……。


 ユリアは唇を噛む。


 胸の奥が痛かった。


 その時だった。


 ふと。


 ある言葉が脳裏を過る。


 ――でも、おかしいの。


 ――王宮の記録が――。


 エアの声。


 あの日。


 私を逃がしてくれた時の言葉。


 ユリアは顔を上げた。


 私に関する王宮の記録……。


 もし。


 忘れられているだけではなく。


 記録まで消えているのだとしたら……。


 ユリアはゆっくりと息を吐く。


 今は。


 それを確かめるしかない。


 他に手掛かりはなかった。




 ユリアはライヘンバッハ家の記録が保管されている書庫を訪れていた。


 ライヘンバッハ家。


 リートベルク王国建国以前から続く名門。


 歴代の王を最も多く輩出してきた家系でもある。


 当然ながら。


 残されている記録の量も膨大だった。


 書架には年代ごとに整理された記録が並んでいる。


 ユリアはその一冊を手に取った。


 ――とにかく。


 ――新しいものから見ていきましょう。


 机へ腰を下ろす。


 そして。


 父王の記録へ目を通し始めた。


 王位継承。


 王妃との婚姻。


 国内政策。


 外交。


 政治的功績。


 淡々と記された記録を追っていく。


 だが。


 途中でユリアの手が止まった。


 違和感。


 何かがおかしい。


 ――私の記録は……?


 視線が頁の上を彷徨う。


 ない。


 どこにもない。


 ユリアは残りの頁を一気に捲った。


 ぱらぱらと紙の音が響く。


 それでも。


 見つからない。


 ――ない……。


 ユリアは別の記録を本棚から取り出した。


 何代か前の王の記録。


 急いで頁を捲る。


 出生。


 婚姻。


 子どもたちの名前。


 誕生時の状況まで記されている。


 記録としては何もおかしくない。


 ユリアは唇を噛む。


 その本を戻し。


 再び父王の記録を手に取った。


 最初から読み直す。


 やはり。


 ない。


 ユリアに関する記述だけが存在しなかった。


 その時だった。


 頁を捲る指が止まる。


 妙な感覚。


 何かを飛ばしたような違和感。


 ユリアはその頁を見つめた。


 そして。


 目を細める。


 ――ここ……。


 よく見ると。


 紙の端が不自然だった。


 さらに顔を近付ける。


 綺麗な切断面。


 まるで刃物で切り取られたような痕跡。


 ユリアの背筋を冷たいものが走る。


 ――何これ……?


 慌てて頁を捲る。


 一枚。


 また一枚。


 すると。


 同じ違和感が何度も現れた。


 そして。


 その全てに切り取られた痕跡が残っていた。


 ユリアは記録を見つめる。


 頭の中で何かが音を立てて崩れていく。


 ――私に関することが……。


 ――誰かに消されている……?


 呆然と呟く。


 だが。


 すぐに次の疑問が浮かんだ。


 ――でも……。


 ――どうして……?




 ユリアは書庫を後にした。


 重い扉が閉まる音が背後で響く。


 廊下を歩きながらも、頭の中は先ほど見た記録のことでいっぱいだった。


 ――王国全体の記録も調べてみようかしら……。


 王宮の公文書が保管されている書庫。


 その鍵の場所も知っている。


 だが。


 今すぐ向かうのは危険だった。


 流石に怪しまれる。


 ユリアは俯きながら歩く。


 その時だった。


 前方から誰かが歩いてくる。


 ユリアは顔を上げた。


 エルザだった。


 現王家の王女。


 そして。


 本来なら自分が立っていたはずの場所にいる少女。


 ユリアは無言のまま視線を向ける。


 エルザもまたユリアを見た。


 だが。


 次の瞬間には視線を逸らしていた。


 ユリアは眉をひそめる。


 そのまま何も言わず歩き続けた。


 言葉を交わす気にもなれない。


 やがて二人はすれ違う。


 足音だけが廊下へ響いていた。


 少し距離ができた頃。


 ユリアはふと違和感を覚える。


 そして振り返った。


 すると。


 エルザもこちらを見ていた。


 一瞬。


 視線が重なる。


 エルザは慌てたように顔を逸らした。


 そのまま足早に去っていく。


 ユリアはその背中を見つめた。


 ――本当に……。


 ――何を考えているの……?


 小さく息を吐く。


 そして再び歩き始めた。


 だが。


 一つの考えが頭から離れなかった。


 ――でも……。


 あいつは。


 私を覚えているということ……?




 ユリアは自室へ戻っていた。


 椅子へ腰を下ろす。


 だが。


 心は少しも落ち着かなかった。


 ――エルザ……。


 先ほどの光景を思い出す。


 視線を逸らしたこと。


 振り返ったこと。


 そして。


 自分を見ていたこと。


 ユリアは小さく首を振った。


 ――あいつのことは今はいいわ。


 考えるべきことは別にある。


 ライヘンバッハ家の記録。


 切り取られた頁。


 消された自分の存在。


 ユリアは机の上で手を組む。


 ――どうして私の記録が消されていたの……?


 答えは分からない。


 だが。


 確かめる方法はある。


 王宮の公文書が保管されている書庫。


 王国全体の記録が残されている場所。


 ユリアはゆっくりと息を吐いた。


 ――とにかく……。


 ――今夜、確かめる。


 それしかなかった。




 時間は静かに過ぎていく。


 窓から差し込んでいた陽光は傾き。


 やがて夕暮れが訪れた。


 空は赤く染まり。


 それもまた闇へ溶けていく。


 王宮は静まり返っていた。


 深夜。


 窓の外では夜の色が濃くなっている。


 ユリアは窓際に立ち、暗い庭園を見つめた。


 その時。


 ふと、ある言葉が脳裏を過る。


 ――でも、おかしいの。


 ――王宮の記録が――。


 エアの声だった。


 あの日。


 自分を逃がしてくれた時の。


 言いかけて途切れた言葉。


 ユリアは目を閉じる。


 そして。


 ゆっくりと立ち上がった。


 扉へ歩み寄る。


 ノブへ手を掛けた。


 ――確かめに行く。


 そのために。


 ユリアは静かに扉を開いた。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


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