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忘却曲線上の悪役令嬢――死に戻るたび、世界は私を忘れていく  作者: 直助
第一幕 祝福なき王女

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第十四話 葬送曲

 まだ外は薄暗かった。


 東の空がわずかに白み始めている。


 ユリアは卓上の暦へ手を伸ばした。


 指先が震える。


 一枚。


 静かに捲る。


 三月三十一日。


 その日付を見た瞬間。


 胸の奥で心臓が大きく脈打った。


 ――どうしても……。


 ――この日から逃げられない……。


 ユリアは目を伏せる。


 そして。


 外套を羽織った。


 家を出ようとしたその時だった。


「ユリア様……」


 背後から声が掛かる。


 振り返ると、そこにはマテウスが立っていた。


 眠れなかったのだろう。


 その表情には疲労の色が浮かんでいる。


「申し訳ございません」


「余計なことを申し上げました」


 マテウスは苦しげに続ける。


「ですが……」


「行ってはなりません」


 一歩。


 ユリアへ近付く。


「危険です」


「王都には近付くべきではありません」


 ユリアは何も答えなかった。


 ただ。


 静かにマテウスを見つめる。


 蒼銀の瞳。


 その奥に宿る決意。


 マテウスは言葉を失った。


 何かを言わなければならない。


 そう思う。


 だが。


 何も言えなかった。


 ユリアはゆっくりと歩き出す。


 そして。


 すれ違いざま。


「ありがとう」


 小さくそう呟いた。


 マテウスは振り返る。


 だが。


 ユリアはもう立ち止まらない。


 朝靄の向こうへと歩いていった。



 木々の間を抜ける。


 踏み固められた土の道を、ユリアは歩いていた。


 最初はゆっくりと。


 一歩ずつ確かめるように。


 だが。


 足を止めるたびに、不安が胸の奥で膨らんでいく。


 ――もし。


 ――本当にエアだったら……。


 ユリアは歩く速度を上げた。


 早足になる。


 呼吸が浅くなる。


 胸の鼓動は、ますます速くなっていた。


 それを振り払うように。


 ユリアは駆け出す。


 木々の隙間から差し込む朝日が揺れる。


 どれほど走っただろうか。


 やがて。


 土の道は途切れた。


 足元の感触が変わる。


 石畳。


 見慣れた王都の街並みが、その先に広がっていた。



 朝日は既に高く昇っていた。


 ユリアは王都の中心広場へ向かって走る。


 人の数が増えていく。


 皆、同じ方向へ歩いていた。


 その先には広場がある。


 そして。


 処刑台。


 前方には大勢の人だかりができていた。


 胸が苦しい。


 鼓動が速い。


 視界まで揺れている気がした。


 ユリアは人々をかき分ける。


 前へ。


 さらに前へ。


 その時。


 広場のざわめきが大きくなった。


 兵士たちが現れる。


 その中央。


 一人の人物が両脇を抱えられるようにして連行されていた。


 ――誰……?


 見えない。


 人影に遮られる。


 ――誰なの……!?


 ユリアはさらに人を押し分ける。


 執行人の声が広場へ響き渡った。


「国家反逆罪に問われた者を匿い、

 その逃亡を手助けした罪により――」


 群衆がざわめく。


 後の言葉は聞き取れない。


 処刑台へ連れて行かれる人物。


 兵士たちに押さえつけられる。


 首枷が閉じられる。


 ユリアはついに最前列へ辿り着いた。


 そして。


 その顔が見えた。


 時間が止まる。


 ――エア。


 蒼白な顔。


 震える唇。


 それでも。


 どこか諦めたような表情。


 エアがゆっくりと顔を上げる。


 視線が重なった気がした。


 ユリアは処刑台へ駆け寄った。


 台へ手を掛ける。


 必死によじ登る。


「エア――!」


 手を伸ばす。


 あと少し。


 あと少しだった。


 その瞬間。


 ギロチンの刃が落ちた。


 鈍い音が響く。


 世界が止まる。


 兵士たちが何か叫んでいる。


 こちらへ向かってくる。


 だが。


 ユリアにはもう何も聞こえなかった。


 視界が揺らぐ。


 狭くなる。


 暗くなる。


 身体が熱い。


 胸の奥が焼けるように熱かった。


 何かが身体へぶつかった気がした。


 足元が崩れる。


 ユリアはそのまま倒れ込んだ。


 赤いものが広がっていく。


 ぼやけた視界の向こう。


 見えるのは、それだけだった。


 意識が沈んでいく。


 暗闇が全てを覆っていく。


 その中で。


 最後に浮かんだのは――。


 エアの笑顔だった。


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