76 大好きだよ/大好きですよ
「──大好きだよ、マリー」
今までとは違う気持ちを込めて、いつもの言葉を繰り返す。いや、今までだって同じ気持ちだった。自覚しているか、いないか。ただそれだけだ。
マリーは一瞬大きな目を見開いて、じわじわと白い頰を赤く染めた。
「……えと……そうですね。リリム、私のこと大好きですよね。毎日言ってますもんね……」
「うん。マリーは僕にとって世界で一番かわいい、大好きな女の子だよ」
「そ! そうですよね! わ、私もリリムのこと大好きです! 大事な相棒です!」
「……うん。そうだね」
マリーと自分の大好きは、違う。でも、それがダメなんて思わない。だってマリーが自分にとって最高の相棒なのも、本当のことだから。
なんだか胸のつかえが取れた気がして、自然と頬が緩んだ。けれど、逆にマリーの方がもじもじと落ち着かなさそうに体を揺らしている。
「……あの。なんかさっきから、リリム変じゃないですか? 目が真剣なんですけど……」
「え? そ、そうかな?」
まずい。全然いつもの調子じゃなかったみたいだ。悪魔的な余裕のある笑みがあってこその淫魔リリムなのに。
マリーは膝の上でまあるく頬をふくらませる。
「もー! さっきからリリムが真剣に好き好き言うから、なんかどきどきしちゃうじゃないですかー! リリムのバカ!」
「えっ、どきどきしたの?」
「なんでちょっとうれしそうなんですか! こんなに心臓どきどきしたら、リリムに引っ付いてられないじゃないですかー!」
「えぇ? うーん、そうかぁ」
マリーにどきどきされるのはうれしい。でも、マリーとくっ付けないのは嫌だ。マリーをぎゅと抱きしめるのは、リリムだって落ち着ける憩いの行為なので。
「……どうしよう。マリーにはどきどきされない方がいいのかな?」
「リリムがヘンにならなきゃいいんですよ! 早くいつものリリムに戻ってください!」
「無茶言うなぁ」
知ってしまったからには、知らないころには戻れない。二千年も生きてきて不甲斐ないが、こんな時にどうすればいいのかまるでわからなかった。
「あ! もしかして、精気足りなくてヘンになってます? もっとあげたほうがいいですか?」
「んー……そうだなぁ」
今、マリーとキスしたらどうなるんだろう。
もちろん、いつも通りの頰にだけど。
特別な女の子にキスしたら、やっぱり今以上にどきどきするんだろうか。ちょっとだけ、興味があった。
どの道、毎日繰り返す行為なのだから今確認しておいた方がいいだろう。もしちょっとヘンになってしまっても、今はファウヌスもマリエッタもいない。からかわれるならマリーにだけだ。
「じゃあ……もうちょっともらおうかな……」
腹をくくってマリーの頬に唇を近づける。マリーのうっすらと桃色に染まったかわいい顔を間近にして、ふと、細い指先に唇を制されてしまった。
「? マリー、どうしたの」
「えっと……あげるのはあげるんですけど……ちょっとだけ待ってもらえます?」
マリーが視線を明後日の方へさまよわせている。頬の赤味もじわじわと増していっていた。
「……もしかして、具合悪い?」
「そ、そうじゃなくって! ……リリムがヘンだから……
なんか……ちょっと、緊張してきました……」
「…………」
思わず、胸を抑えてよろめいた。ソファの上でなければ倒れていたかもしれない。
「リリム? リリムももしかしてまたヘンになってます? 大丈夫ですか?」
「う、うん……大丈夫……ちょっとびっくりしちゃっただけ……」
一日に何回も殺されかけるのは、ちょっとリリムの長い人生でも記憶にない。マリーがかわいくて心臓止まりかけた。
マリーは真っ赤な顔で怒った顔をした。本気で怒っているわけでないことは、羞恥に潤んだ瞳ですぐにわかる。
「り、リリムがヘンなのが悪いです! リリムとちゅーするって思ったら胸がきゅーってなっちゃったんですけど、どうしてくれるんですか!」
「ぐふぅ!」
「なんでリリムが呼吸困難になってるんですか?! こっちだって息するのもしんどいんですけど!」
「うぐぅ!」
「ばかばか! リリムのばーか! もうヘンな話するの禁止ですからね!」
「う……わかってるよ……もうしないよ……なんなら、もうハグもしない。マリーだってお年ごろだしね」
リリムの言葉に、マリーの表情がぴたりと固まる。改めてリリムの膝の上に乗った自分を見た。
それから、リリムの首筋に腕を回して抱きついてくる。
「……マリー?」
「……ハグは……してもいいです……リリムとこうしてるの、うれしくなるから、止めたくないです」
また、胸の奥がきゅっと縮んだ。
けれど、ただ緊張するだけじゃなくて、うれしかった。
マリーとこうしているのは、リリムも、ずっとずっと、うれしかった。
思わず両腕でそっとマリーを抱きしめる。
「……うん……じゃあ、今まで通りにしようか」
「はい! それがいいです!」
マリーの花が咲いたみたいな笑顔を間近で見て、リリムも笑った。
「……マリー。僕、マリーのこと大好き」
「はい、私もリリムのこと大好きです! 今日も一緒に寝ましょうね、リリム!」
「……………………それは流石に、もう止めようか……」
『淫魔リリムと悪魔祓いマリーは善悪の境界線でステップを踊る』Closed.
完結です。活動報告にあとがきと後日譚をアップ予定です。
リリムとマリーを最後まで応援していただき、ありがとうございました。よければ評価やご感想などいただけると今後の励みになります。




