75 好きだったんでしょ?
「その……マリーって、僕のこと、好きなんでしょ?」
なんだか言い淀んでしまったことが恥ずかしい。こういうのはさらっと、日常会話みたいに切り出す方が自分らしいのに。
ずっとそうしてきたのに、今回はそれができなかった。きっと子どもの姿をしているからだろう。体に精神が引っ張られるのはよくあることだ。
なかなか勇気のいる問いだったのだが、マリーは瞳を何度かまたたかせて、いつも通りの笑顔でうなずいた。
「はい! リリムも私のこと大好きでしょ?」
「えっと。僕の好きとマリーの好きは違うんじゃないかなって……」
「それって、どういう意味……」
そこまで言って、マリーの大きな瞳が見開いた。唇がきゅっと結ばれて、白い頰が赤く染まっていく。
「……リリム……? その……リリムが言ってる『好き』って……あの……」
いつも元気のいいマリーの声が、小さくかすれていた。照れて眉を下げる表情も珍しい。はにかんだ表情がすごくかわいい! つくりものの心臓がばくばくと激しい拍子を刻む。突然呼吸が苦しくなって、声が情けなくかすれた。
「ぼ、僕のはただの友情だよ! でもマリーは……」
「……? 私も友情ですけど?」
「……………………は?」
思いもしなかった言葉に、紳士とは思えない間抜けな声を出してしまった。
いや。いやいや。
「……だって前に『友情と恋は別』って話に食いついてたでしょ?」
「あ、あれは……リリムってそういう考え方なんだって、ただの興味で聞いてただけですよ」
「うそー! そういう感じじゃなかったよ!」
「……その。サロメちゃんのことがあったので、てっきり……」
マリーの言葉に、上がった体温が急速に下がるのを感じた。喉から息が漏れる。
「……なんでサロメが出てくるの? サロメは大事な家族だよ」
「でも、リリムは好きでしたよね?」
「え?」
「サロメちゃんのこと、そういう意味で好きだったでしょ?
サロメちゃんはリリムの初恋の女の子ですから」
マリーのまっすぐなまなざしと言葉に、全身の熱という熱が引いていった。なぜだか頭の中も真っ白になる。ただ、違うよ、と脳内でも言葉でも繰り返していた。
「……前も言ったでしょ。サロメは家族で、大事な女の子で……」
「だって、夢で視た昔のリリムは、サロメちゃんのことずっと大事にしてて、一度も体に触ろうとしなかったじゃないですか」
「わかってるんじゃん! 触れる必要ないと思うくらい、恋愛とかの対象じゃ──」
「リリムは淫魔なのに、女の子に触りたいと思わない方がおかしいんです。だって『ごはん』じゃないですか。
それくらいサロメちゃんのこと特別に想ってたんでしょ? 『ごはん』だって思えないくらい、すごくすごく大事だったんでしょ?」
──食べたくないのに、一緒にいたいのか?
いつかファウヌスに言われたことが、不意に脳裏をよぎった。
違う。そんなつもりはない。
サロメもマリーも、大事な女の子だ。大事な人間の友だちだ。
そう、結局サロメはファウヌスが好きだったし、別の男に嫁いだ。ずっと友だちのまま、彼女の家族とともに最期を見送った。
マリーだって。
マリーだって、いつかは、そうなる。
そう思ったら、なんだか胸が痛くなった。口の中が乾いて、指先が震える。目頭が熱くなったような気がして、とっさに膝の上のマリーから顔を背けた。
「……マリーは友情と恋は両立すると思う?」
「わかんないですよ。恋の方がわかんないですし、お友だちもリリムしかいないですもん」
「……じゃあ、別に僕のこと、そういう意味で好きってわけじゃないんだね……?」
リリムの問いに、マリーは動揺したように視線をさまよわせてぽつり、と小さく答えた。
「……か、考えたこと、なかったです……」
──ほら。マリーだって、いつかは自分の手を離れてしまう。
きっとまた、別の男を選ぶのだ。
「……マリーなんかもう知らない」
気がついたら、いつの間にかそんなことを口走っていた。顔を背けたままで、マリーの戸惑った気配しか感じ取れない。
今はマリーのこと、見たくなかった。
「リリム? ……なにに怒ってるんですか?」
「知らない。わかんない。でも、僕のこと好きじゃないマリーはやだ」
「? そんなこと言ってないです。私、リリムのこと大好きですよ? リリムだって私のこと大好きでしょ? そういうさみしい嘘はダメですからね!」
「だってマリーの大好きは──」
──僕のと、違う。
マリーは友だちとしての「好き」だ。でも僕は、違う。
僕は──マリーのこと、もっと特別だと思ってる。
今まで愛してきた女性たちへの感情が偽物だなんて思わない。それは彼女たちに失礼だ。
でも、どうしても、この気持ちは特別だ。
マリーのことが、世界で一番かわいくて、誰よりも大切にしたいと思う。
「リリム……?」
声をかけられて、顔を上げた。
マリーは想像通り心配そうな表情を浮かべている。大きな夜の瞳はいつだってひかめいて、リリムのことを真剣に見つめていた。
それがリリムは、なによりうれしくて、特別に思える。
「……ごめん。マリーのこといやなんて、良くない嘘だ。僕はマリーのこと、好きなのに。
──大好きだよ、マリー」
嘘じゃないよ
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次回、最終回です。
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