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【完結】淫魔リリムと悪魔祓いマリーは、善悪の境界線でステップを踊る。  作者: 芝村あおい
第四章 ナザレ・ふたりの芽生え編

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75 好きだったんでしょ?


「その……マリーって、僕のこと、好きなんでしょ?」


 なんだか言い淀んでしまったことが恥ずかしい。こういうのはさらっと、日常会話みたいに切り出す方が自分らしいのに。

 ずっとそうしてきたのに、今回はそれができなかった。きっと子どもの姿をしているからだろう。体に精神が引っ張られるのはよくあることだ。

 なかなか勇気のいる問いだったのだが、マリーは瞳を何度かまたたかせて、いつも通りの笑顔でうなずいた。


「はい! リリムも私のこと大好きでしょ?」

「えっと。僕の好きとマリーの好きは違うんじゃないかなって……」

「それって、どういう意味……」


 そこまで言って、マリーの大きな瞳が見開いた。唇がきゅっと結ばれて、白い頰が赤く染まっていく。


「……リリム……? その……リリムが言ってる『好き』って……あの……」


 いつも元気のいいマリーの声が、小さくかすれていた。照れて眉を下げる表情も珍しい。はにかんだ表情がすごくかわいい! つくりものの心臓がばくばくと激しい拍子を刻む。突然呼吸が苦しくなって、声が情けなくかすれた。


「ぼ、僕のはただの友情だよ! でもマリーは……」

「……? 私も友情ですけど?」



「……………………は?」



 思いもしなかった言葉に、紳士とは思えない間抜けな声を出してしまった。

 いや。いやいや。


「……だって前に『友情と恋は別』って話に食いついてたでしょ?」

「あ、あれは……リリムってそういう考え方なんだって、ただの興味で聞いてただけですよ」

「うそー! そういう感じじゃなかったよ!」

「……その。サロメちゃんのことがあったので、てっきり……」


 マリーの言葉に、上がった体温が急速に下がるのを感じた。喉から息が漏れる。


「……なんでサロメが出てくるの? サロメは大事な家族だよ」

「でも、リリムは好きでしたよね?」

「え?」

「サロメちゃんのこと、そういう意味で好きだったでしょ?

 サロメちゃんはリリムの初恋の女の子ですから」


 マリーのまっすぐなまなざしと言葉に、全身の熱という熱が引いていった。なぜだか頭の中も真っ白になる。ただ、違うよ、と脳内でも言葉でも繰り返していた。


「……前も言ったでしょ。サロメは家族で、大事な女の子で……」

「だって、夢で視た昔のリリムは、サロメちゃんのことずっと大事にしてて、一度も体に触ろうとしなかったじゃないですか」

「わかってるんじゃん! 触れる必要ないと思うくらい、恋愛とかの対象じゃ──」

「リリムは淫魔なのに、女の子に触りたいと思わない方がおかしいんです。だって『ごはん』じゃないですか。

 それくらいサロメちゃんのこと特別に想ってたんでしょ? 『ごはん』だって思えないくらい、すごくすごく大事だったんでしょ?」


 ──食べたくないのに、一緒にいたいのか?


 いつかファウヌスに言われたことが、不意に脳裏をよぎった。

 違う。そんなつもりはない。

 サロメもマリーも、大事な女の子だ。大事な人間の友だちだ。

 そう、結局サロメはファウヌスが好きだったし、別の男に嫁いだ。ずっと友だちのまま、彼女の家族とともに最期を見送った。


 マリーだって。

 マリーだって、いつかは、そうなる。


 そう思ったら、なんだか胸が痛くなった。口の中が乾いて、指先が震える。目頭が熱くなったような気がして、とっさに膝の上のマリーから顔を背けた。


「……マリーは友情と恋は両立すると思う?」

「わかんないですよ。恋の方がわかんないですし、お友だちもリリムしかいないですもん」

「……じゃあ、別に僕のこと、そういう意味で好きってわけじゃないんだね……?」


 リリムの問いに、マリーは動揺したように視線をさまよわせてぽつり、と小さく答えた。


「……か、考えたこと、なかったです……」


 ──ほら。マリーだって、いつかは自分の手を離れてしまう。

 きっとまた、別の男を選ぶのだ。


「……マリーなんかもう知らない」


 気がついたら、いつの間にかそんなことを口走っていた。顔を背けたままで、マリーの戸惑った気配しか感じ取れない。

 今はマリーのこと、見たくなかった。


「リリム? ……なにに怒ってるんですか?」

「知らない。わかんない。でも、僕のこと好きじゃないマリーはやだ」

「? そんなこと言ってないです。私、リリムのこと大好きですよ? リリムだって私のこと大好きでしょ? そういうさみしい嘘はダメですからね!」

「だってマリーの大好きは──」


 ──僕のと、違う。

 

 マリーは友だちとしての「好き」だ。でも僕は、違う。


  

 僕は──マリーのこと、もっと特別だと思ってる。


 

 今まで愛してきた女性たちへの感情が偽物だなんて思わない。それは彼女たちに失礼だ。

 でも、どうしても、この気持ちは特別だ。


 マリーのことが、世界で一番かわいくて、誰よりも大切にしたいと思う。


「リリム……?」


 声をかけられて、顔を上げた。

 マリーは想像通り心配そうな表情を浮かべている。大きな夜の瞳はいつだってひかめいて、リリムのことを真剣に見つめていた。

 それがリリムは、なによりうれしくて、特別に思える。


「……ごめん。マリーのこといやなんて、良くない嘘だ。僕はマリーのこと、好きなのに。


 ──大好きだよ、マリー」


嘘じゃないよ

ーーー

次回、最終回です。

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