74 僕のこと、好きなんでしょ?
* *
ファウヌスの車でナザレに戻る。街に着いたころにはもう日が暮れかけていて、今日はナザレで一泊しようという話になった。
ファウヌスが観光客向けのホテルを二部屋抑えて、男女で部屋を分ける。リリムは部屋に入るなり、部屋のソファに腰掛けた。知らず深い息が漏れる。
「大丈夫か、リリム?」
「うん……さすがに疲れたみたい。一回死にかけたし」
ファウヌスの表情が厳しいものに変わるが、それを片手を振って不要だと示す。
「本当に大丈夫。それに、すぐにマリーが来てくれるよ」
言っている間にドアのノック音がして、ファウヌスが扉を開く。着替えてシャワーでも浴びたらしいマリーとマリエッタが私服姿で立っていた。
「リリム!」
マリーが勢い良く部屋に飛び込んできて、すぐにソファの上のリリムの胸に飛び込んでくる。
馴染んだ肌の温もりと花のような香りが体を包んで、ああ、帰ってきたんだなと思った。思わず抱きしめ返す腕にも力がこもる。
「リリム、平気ですか? どこも痛いとこないですか?」
「それ車の中でも確認したでしょ。……大丈夫。マリーと一緒だったからね」
マリーの頭をなでると、まだシャワーのお湯で濡れていた。ファウヌスにドライヤーを持って来てもらって、マリーに髪に温風を当てる。マリーはリリムの膝の上で、心地よさそうに瞳を細めながら悪魔の指先を受け入れていた。その様子を、マリエッタとファウヌスもやさしい瞳で見つめている。
「……リリム。今日は疲れただろうから、俺たちがなにか食事を買ってきてやる。ここでマリーと待ってろ」
「うん。わかった」
「ホテルの場所はシスター・イザベラに伝えています。そのうち連絡が入ると思いますから、報告だけお願いしますね」
「はい、おねえさま。いってらっしゃい。甘い物も買ってきてくださいね!」
マリーのおねだりに、ふたりは笑って部屋を出た。
──あからさまに気を遣われたな。
いや、別に気を遣われるようなことはなにもないんだけれど。精気の補充は必要だろうけれど、マリーはまだ子どもだし。こんな風に髪を乾かされるのを待ってる猫ちゃんみたいな女の子、すごくかわいいだけだし。
ある程度髪を乾かし終えて、テーブルにドライヤーを置く。マリーは改めてリリムを見つめてきた。
「リリム、精気いりますよね? いつもよりいっぱい食べていいですよ」
そう言って頬を擦り寄せてくる仕草は、やっぱり子どものころのままだ。かわいい。けれど、それだけだ。
「いつも通りでいいよ。マリーだって疲れてるでしょ」
「リリムみたいに死にかけたわけでも誘拐されたわけでもないですもん」
思い出したのか、マリーの夜の瞳が涙ににじんだ。そのにじんだ雫を舌先で舐め取る。目元と頬に何度も唇を押し付けて、かすめるように舌先を触れさせた。
甘い、あまい、マリーの味。心身ともに気力が満ちていくのを感じる。本当はもっと食べたいのを堪えて、そっと離れた。
「ん……ありがと。もういいよ」
「もっと欲しくなったら言ってくださいね。リリムにならいくらでもあげますから!」
「……………………」
子どもの言うことに、いちいち反応する必要はない。そうは思うけれど、やっぱりマリーの将来のためにはよくないんじゃないかと思う。
だって、淫魔がこんなにどきどきするんだから、人間の男ならひとたまりもないだろう。
「……マリー、僕以外にそういうコト言っちゃダメだよ?」
「? リリム以外に言うわけないじゃないですか」
「んんッ! そうだね。……そうだよね」
──そうだ。だってマリーは、僕のことが好きだからこういう無防備な姿を見せてくれるんだ。
まあマリーのことは全然? これっぽちも? 僕の好みではないけれど!
それはそれとして、マリーはとっても可愛い女の子なのだから、好意はうれしいに決まっている。
腕の中のマリーは甘えるようにリリムに体重を預けて、上目遣いにリリムを見つめてきた。
「ねえ、リリム。わたし、もう無理に子どもを産む必要ないんですよね?」
「うん、そうだね。『マリエッタ計画』は中止されて、マリーも義姉ちゃんも、ただの女の子として人生を終えられるよ。……ごめん、ただの女の子じゃないかもしれないけど……」
「悪魔祓いや魔術のことは、そういう生まれだった、というだけです。私自身が宗教的なものの一部にされないなら、それだけでずーっと気持ちが楽です。
……ありがとうございます、リリム」
「僕はなにもしてないよ。解決したのは結局じいちゃんだ。後でちゃんとお礼言いなよ」
「でも、リリムがいたからあのお姉さまたちは焦って行動を起こしたんですよね? 私とリリムがとっても仲良しだから、もしかしたらえっちなことしちゃうかもしれないって思っちゃったんでしょ?」
「んン゙ッ! ……まあ、そうだね」
「リリムはそんなコトしないのに。わかってませんよね!」
「淫魔は普通、そういうコトするんだよ」
マリーが不思議そうに小首を傾げる。不思議がるとこじゃないんだよなあ。
「好みの女の子じゃなくても?」
「普通の淫魔はね」
「私、リリムとおにいさましか淫魔の知り合いいませんもん」
「偏食家と美食家の淫魔なんて、僕たちしかいないよ……」
特殊事例に囲まれて、認知が歪んでしまったかも。やはり自分の存在はマリーの成長には良くない影響がありそうだ。
「……マリーはさ、僕とこれからも一緒にいたい?」
「はい! これからもよわっちいリリムは私が守ってあげます!」
「ありがと。……18歳になってからも?」
「一緒に大学へ行って同じアパートで暮らすって言ったじゃないですか」
以前ふたりで話したことを、マリーはちゃんと覚えているらしい。もしかしたら、楽しみにしてくれているのかも。
「うん。……マリーはそれでいいの?」
「えっ、リリム嫌ですか?」
「嫌っていうか、なんて言うか……うれしいんだけど、恥ずかしいっていうか……」
「? なにがですか?」
「その……
マリーって、僕のこと、好きなんでしょ?」
エピローグです。
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