72 みんなで帰ろう
「リリム、無事だったか?」
「うん、来てくれてありがとう。じいちゃん、義姉ちゃん」
改めてファウヌスと義姉に礼を言うと、ふたりともほっとした笑みを見せた。やっぱり、心配かけちゃったな。とくにファウヌスは落ち込んでいるように見える。
「……もっと早くこうしていればよかったな。『マリエッタ計画』はもともと気に入らなかったし、マリエッタのためにもいつかはなんとかしないといけなかったんだ。それでも、すぐに強硬手段には出ないだろうからって問題を先送りにしたのが良くなかった……リリムにもマリーにも怖い思いをさせちゃったな」
「ファウヌス、自分を責めないでください。ファウヌスはできるだけ穏便に解決できる方法があるんじゃないかって、機会を伺ってたんじゃないですか」
「……そうなんですか?」
マリーの質問に、ファウヌスはあいまいな笑みを浮かべるだけだ。
「まあ、別方面から穏便になんとかなりそうな解決方法もあったからね」
露骨に赤い視線を向けられて、リリムは明後日の方を向いた。さて、なんのコトだか。
視線を彷徨わせた先には、偶然ダニエルとイワサキがいた。なにかを話し込んでいる。すわ修羅場か、と期待して見ていたがそんなことはなく、ふたりは堂々とこちらに近寄ってきた。ふたりともマリーとマリエッタの顔を確認して、ていねいに頭を下げる。
「……マリーさま、お怪我はありませんか?」
「さっき戦車殴って擦り傷できました」
「本当にマリーさまって元気だなぁ。人間?」
「それより、なんの用?」
リリムのそっけない声に、ダニエルは笑って肩をすくめた。イワサキが決まり悪そうな顔でリリムを見る。
「……わたしの中で、なにかが減った感覚がします。わたしの『運命』とやら、結局何割持って行ったんですか?」
「2割ってところじゃない?」
しれっと返した答えに、イワサキが眉をひそめた。
「……擦り傷で? 契約では1パーセントのはずですが」
「お前の『マリーを攻撃する』という明確な意思に対して都度1パーセントだからね。そんなものじゃない?」
「……なるほど。悪魔との契約は、本当に慎重にしなければならないようね」
「安心しなよ。それでもお前には、そこらの人間の何十人分にもなるほどの運が残ってる。まあ、今まで100パーセント成功していたギャンブルが成功率8割になる程度かな」
「……たしかに、人間にはまだまだ過ぎた豪運だな」
ファウヌスがイワサキを見て、やや呆れたように肩をすくめる。ファウヌスはリリムと違って皮肉屋ではないので、本当に彼女は呆れるほど運が良いままなのだ。けれどイワサキの表情は晴れない。
「……そう。これでも……」
「……人間ってのは強欲だね。とくにお前のような、与えられたものを当然と思い込み、自分の考えを譲らないヤツは、今まであったものが減ってしまったことでつねに『足りない』と思い続けるだろう。
けどね、ほかの多くの人間は、それ以下で過ごしていることを忘れるな。そして、やっぱり多くの人間はそれで困ってなんかいないんだよ。
──人間を救うのは、運命や神なんかじゃない。人間自身だ」
リリムの言葉に、イワサキは視線を上げた。黒い瞳が攻撃的にひらめく。
「……ご忠告どうも。ただ、貴方なにか勘違いしていない? わたしは少なくない時間をともにした同僚の命と研究結果を尊重したから、ここが引き際だと思ったの。決して、貴方がた悪魔に下ったわけではないわ。
──人間の心が折れた時、それを支えるのは神の存在です。人間は万能ではないし、いつも強くあれるわけではないわ。わたしは弱者に寄り添う神の下僕として、ひとびとに主の教えを伝える者であり続けます」
リリムの青瞳とイワサキの黒瞳が、火花のようにまたたく。その間に入ったのはダニエルだった。
「はいはい、異種族間意見交換会はその辺りで。じゃ、ぼくたちはこれで失礼するよ。ここはシスター・イザベラの現地調査班が片付けに来るから放っておいていいし、きみたちも暗くならないうちに帰りなよ。車移動? ぼくたちは飛行機。ここイワサキのプライベートヘリが停まるのにちょうどいい荒野なんだよね。あっ、一緒に乗ってく?」
「ダニエル」
イワサキの声がぴしゃりと響いて、ダニエルは笑った。
「それじゃあね、リリムくん。マリーさまと仲良くするんだよ」
「どこから目線で言ってるの?」
「この数時間でマリーさまの惚気を散々聞かされた悪魔研究者のひとりとして?」
「べつに惚気じゃないし! ……じゃあね、ダニエル」
「また会おうね」
ダニエルとイワサキは、別れの言葉とともに崩壊した研究所からあっさりと退去した。
「……さて、俺たちも帰ろうか」
ファウヌスの声に、マリーが元気いっぱいに返事をした。
「はい! みんなで一緒に帰りましょう!」
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