69 アイスのトッピングを決めないで!
「……そんな、ことが……」
イワサキが、小さくかすれた声を上げる。
「さあ、お姉さん。マリーが痛い思いをするほど、お前の『運』は僕のモノだ。マリーが痛いのは僕だって嫌だけど──我慢比べだ。お前の運が尽きるのと、僕とマリーが泣いて降参するのと、どっちが早いか泥仕合といこう。
──hagalaz!」
リリムの魔力で周囲のコンクリート片が浮かび、ドローンへ一斉に向かう。
ドローン3体、今度は地面に落ちて完全に沈黙した。
イワサキが人型戦車を動かし、盾になるように配置する。リリムとマリーの前に3メートルの巨体が立ち塞がった。リリムは迷わず人型戦車に向かってコンクリート片の弾丸を集中させる。
だが、人型戦車の鉄の装甲には傷ひとつつかなかった。
「やっぱり頑丈だね」
思わずつぶやくと、隣にいたマリーが目配せしてくる。どうするんですかコレ、という目をしていた。
さて、どうしようか。
普通に考えると、人間がしっかり状況判断をした上で即時行動できる戦車というのは、人類史上最強の兵器に近い。こんなモノつくるなよ。だから悪魔が生きていけるのだけれど。
イワサキの運をわずかに奪ったところで、依然イワサキの方が火力は上だった。
「……淫魔リリム。マリーさまが信頼を寄せているからと大目に見てきたけど、やはり悪魔ね。目に余る行動が多すぎるわ。ここで消滅させましょう」
「契約の不履行を宣言していいのかな? そんなことをしたら、お前の体に刻まれた僕の魔力に殺されるよ」
「貴方と相打ちならば、悪くないわ。人間がなぜ徒党を組むのか知ってる? 自分一人ではなし得ないことを行うためよ。わたしがいなくても、誰かが『マリエッタ計画』を引き継いでくれる。人類の精神的安寧を、誰かが必ず成し遂げてくれる。その礎になるのなら、わたしの命など惜しくはないわ!」
人型戦車のカメラが明滅する。膝を付いて足場を固定した。胸元のプレートが開いて、銃口がまろび出る。回転式機関銃。銃口が回転して、銃弾が連続でリリムに打ち込まれた。着弾するより早く『集中』を使ったマリーがリリムを抱き上げて回避する。
「さすがマリーさま。今のをよく避けられましたね」
「なんですか、そのゴッツイやつ! 本当に洒落になりませんよ! 悪魔でもそんな危険物持ち込みません!」
それはそう。悪魔は大抵、個人に取り憑くので、物騒でもせいぜい単発式拳銃か刃物くらいだ。それだってひとの命を奪える凶器なのだが、機関銃はさすがにレベルが違う。
拳銃や刃物が殺せるのは、せいぜい数人、腕の良い殺人鬼で数十人。機関銃は数百人だ。
「……お人形にくっつけるおもちゃとしては、さすがにやり過ぎじゃない?」
「GShG-7.62。航空機搭載用として開発されたガトリング式多銃身銃よ。わたしはこういうのよくわからないけれど、軽くて単純で扱いやすいものみたい。躯体の設計が複雑だから、取り付けられる武器には制限があるみたいね」
イワサキはそこまで説明して、リリムの前に立つマリーへ視線を向ける。
「……マリーさま。どいてください。射線に入ってはお体を傷つけてしまいます」
「そこまでやる必要あります?! リリムを殺したら貴女も死んじゃうんですよね? 私がイエスさまのクローンを産むことに、命かけるほど価値なんてないと思いますけど!」
マリーの説得に、イワサキは場違いにも、やさしい笑みを浮かべた。
「……悪魔の命まで惜しむなんて、心優しい方ですね、マリーさま。イザベラが育てただけはあります。貴女さまが思うより、その出産には価値があります。わたしの命、財産、研究……すべてを捧げる程度で成し遂げられるような行いではありません。もっと多くの犠牲が必要になるかもしれません。
けれど、わたしは──悩み苦しむひとびとを、支えたい。その夢のために、只人であるわたしにできることがあるのなら、精一杯努めます」
マリーが押し黙った。イワサキの高潔な精神に感銘を受け──たわけでもないらしい。ものすごく気持ち悪そうな顔をしている。ドン引きだ。
「えー……別に人類は救われたいなんて思ってないと思いますけど……」
「そんなことはありません。今も戦争や貧困、差別で苦しむひとびとはたくさんいます。そうした大きな出来事に目を向けずとも、友人や恋人、夫婦、親子関係で迷い、道を間違う方々もいます。仕方がありません。信じたいものが信じるに値しないと知った時、ひとは絶望してしまうものですからね。
唯一、信じるに値すると信じ、裏切られないのが神の存在なのです。それがどれだけ、傷ついたひとの心を癒すでしょうか。そうした存在に救われたい、救ってほしいと願いを持つことは、許されないことでしょうか?」
「えぇ……? 許されないかどうかなんて、私にはわかりませんよ。
貴女の言うように、苦しむひとも傷つくひともたくさんいる世の中だって、一応は知ってます。でも私は、それがちゃんと理解できているかはわかりません。想像するしかできません。私はおいしいものが好きですし、一応着るものに困ることもありません。大好きな家族がいますし、お友だちもいます。誰も戦争に行っていないし、殺されていないし、殺しても傷つけてもいません。
でも、苦しむひとが、傷ついているひとが、なにも信じるものがないかどうかだって私にはわかりません。
そんなこと、誰かが勝手に決めていいんですか? 人間ってそれぞれ違うんですよ。私は、勝手にアイスのトッピングをリリムに決められたら怒ります。誰だって、自分の要望を聞いてほしいですから。だから祈りがあって、告解があるんです。
私、お姉さまの言うことがイイコトだってちっとも思えないです!」
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