67 土人形とステップを
「……マリーさま、どうかお下がりください」
「リリムは私の大事な相棒です! いじめるのは許しません!」
マリーが地面にさっとなにかを描いた。ルーン文字だ。
「hagalaz!」
マリーの声とともに魔力がルーン文字に流れて、地面に転がっていたコンクリート片が宙を浮く。そのまま上空を飛ぶドローンに勢いよく突き刺さった。金属がぐしゃりと潰れる嫌な音が室内に響く。次に反響したのはマリーの声だ。
「やったぁ!」
マリーは得意げに大喜びしている。あまり調子に乗らないように、あとで釘を差しておかなければ。人間に向けて打ったら頭蓋をザクロの実みたいにできる威力だ。
かなり頑丈なはずのドローンも、制御を失って室内の上空をふらふらと揺れている。放おっておけばそのうち落ちるだろう。
そこへ、間髪入れずにイワサキの声がモニタールームに響く。
「『主なる神は、地の塵で人を形造り、その鼻に生命の息を吹き込まれた』」
今のはゴーレムを生み出す聖言だ。
でも、どこにゴーレムが──?
「いって!」
「リリム⁈」
マリーが破壊したはずのドローンは、まだ壊れていなかった。大量の聖水を上空から霧のように噴射している。これはやっかいだ。
「リリム、お肌が真っ赤になってますよ!」
マリーが動揺して悲鳴のような声を上げた。
悪魔にとって聖水は脅威だ。受肉前の精霊なら消滅するし、受肉した悪魔でも、致命傷にはならずともかなりのダメージを負う。人間だと強酸の液体をかけられているようなものだ。今も霧に触れた部分が酷い肌荒れのようになっている。爛れているのだ。
聖水のやっかいなところは、人間にはただの水だということである。確実に悪魔や精霊だけを祓うことができた。
「えっとえっと……聖水から守るような魔術は──」
「そんなものはありませんよ、マリーさま」
イワサキの声がモニタールームに響き渡る。その幼い顔つきからは感情が消えていた。
「聖水は特別な祈りが込められた聖なるものではありますが、物理的にはただの水です。気化すれば目に見えなくなり、水蒸気は空気中に拡散して室内を移動します。もちろん、呼吸する際にも吸い込みますね」
「ごほっ……」
鼻と喉が焼かれる感覚がする。せっかくさっき治したのにな。
気管が焼けて咳から血が出た。マリーの顔が青くなる。
「リリム……! お姉さま、やめてください! リリムをいじめないで!」
「先に約束を破ったのはその悪魔です。……ただ、マリーさまが『マリエッタ計画』を完遂なさってくださるのであれば、おしおきはここまでにしてあげましょう」
イワサキの瞳がすがめられて、わずかにドローンからの噴霧量が減る。
ああ、そうか。
「……アイツ、あのドローンをゴーレムの術で操ってんのか……」
「ええ? 機械ですよ!」
「ゴーレムの生成魔術というのは、無機物に仮の魂を入れて術者の意のままに操ることが本質。『無機物に魂を宿す』ことができるなら、体の方は泥でなくても構わない。機械制御も便利でいいのですけれど、中のプログラム部分や駆動部分を破壊されたら動かなくなってしまうので、これはとても便利なんですよ」
「古い魔術と現代の最新技術の合体か。アーティステックだね」
「わたし、ほかの魔術はあまり使えないのだけど、これだけは得意なの」
イワサキはわずかに微笑んで、さらにスマートフォンをタップする。
すぐに、重量のあるなにかの歩行音がずしん、ずしんと響いてきた。それが、リリムとマリーの背後にたどり着く。
ふたりの後ろにある出入り口から、2メートルほどの人型ロボットが侵入してきた。二足歩行しているが、上半身が分厚く大きい。材質は鉄だろうか。戦車の装甲のような分厚さだ。よくあの二本の足で上半身の重量を支えられるな。
丸い頭部には前後にカメラが埋め込まれていて、稼働ランプが赤く灯っている。カメラは前後にひとつずつはめ込まれていて、180度パノラマカメラであれば、ほぼ360度を網羅することになるため死角はない。
「上半身は最新鋭の紛争解決人型戦車プロトタイプT-01。本来脚部分はキャタピラだったのだけれど、無理を言って足を付けてもらったわ。形が人間に近いほうが、わたしも術が使いやすいから」
「なるほど……ゴーレムでなきゃ実現しないフォルムだね。ぶっさいくだ」
悪態をつくリリムに、そっとマリーが語りかけてくる。
「……普通、ロボットはネットワーク端末や駆動部分を破壊すれば停止します。でも、あのゴーレムは……」
「イワサキの魔力が尽きない限りは動き続けるね」
マリーとの会話を耳にしたイワサキが、満足そうな笑みを浮かべる。
「この人型戦車は紛争解決時の決定打になるように、とある国家政府がひそかに製造していたものをご好意で借り受けたの。実戦投入を想定された最新戦車に、最弱の悪魔は勝てるのかしら?」
万全の状態なら、と言いたいところだが、それでもリリムには難しい。
リリムはあらゆる魔術を使えるが、性能は並だ。ファウヌスのように木々の根を自由に動かして建物ひとつ一瞬で破壊する、みたいな悪魔的力はない。
前にもマリーが言っていたが、魔術は本来戦闘には不向きだ。だいたい正式な魔術は道具や儀式を必要とするし、それらなしで術を使っても100パーセントの効果は引き出せない。だからマリーたち悪魔祓いは、どちらかというと肉弾戦を主流にする。
さて、どうするか、と考えていたところで、マリーが後ろを振り返って人型戦車と向き合った。
「リリム。ひとまずこっちの分厚い鉄は私が受け持ちます」
「ダメだよ! ドローンの方がマリーには無害だ」
「火力が高い相手に火力の高いユニットぶつけるのは自然な考え方だと思います」
「それでも! マリーが怪我したら僕が嫌なの!」
「なにか作戦があるわけでもないなら、なお却下です。……それに、戦車相手なんて私だって時間稼ぎくらいしかできませんよ」
マリーの言う通りだった。リリムは、ドローン相手ならまだしも、戦車相手では時間稼ぎだってできない。
自分の無力に、思わず唇を噛み締めた。
「……できるだけ、怪我しないでよ……」
「もちろん! ……それで、時間稼ぎした先のあてはあるんですか?」
「一応ね。でも最終的にはじいちゃんと義姉ちゃん待ち」
「いいでしょう。きっとすぐに来てくれます!」
マリーが人型戦車に向かって構える。
リリムもイワサキとドローン・ゴーレムたちに向き直った。
イワサキの冷たい黒目がリリムを捉える。
「──おしおきです、淫魔リリム」
「やってごらんよ、ただの人間のお姉さん」
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