表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】淫魔リリムと悪魔祓いマリーは、善悪の境界線でステップを踊る。  作者: 芝村あおい
第四章 ナザレ・ふたりの芽生え編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

59/77

59 マリエッタ計画


  ──目を覚ますと、そこは相変わらず真っ白な壁だった。

 すぐにイワサキがこちらの様子を覗き込んでくる。


「……すごい。もう回復したの?」

「……夢まで追いかけて精気をくれる最高の相棒がいるんでね」


 あれは、リリムの夢だった。


 どうやってマリーが夢に入って来られたのか……まあ、あれだけ四六時中一緒にいたら無意識がつながってもおかしくはないか。

 リリムの言葉に、イワサキは首を傾げた。さほど悪魔にも魔術にも詳しいわけではないらしい。研究者で奉仕者である面が強いのだろう。

 身を起こして状況を確認する。

 体からなにかしらの薬が点滴されている。医務室のようだが個室で、ベッドの傍でパイプ椅子に座るイワサキ以外には誰もいない。ただし、監視カメラが2台リリムに向けられていて、室内には強力な悪魔封じの結界が張られていた。


「さて。僕にこんなコトして、なにが望み?  僕は今最高にご機嫌だから、話くらいは聞いてあげる。お前はマリーの遺伝子提供者らしいし」

「……本当は、ここまでするつもりはなかったの。ごめんなさい」


 イワサキは素直に謝罪して、頭を下げた。その声は真摯で、演技だとしたら大した女優だと思う。


「貴方をここまで連れて来たのは、私の話を聞いてほしかったからよ。乱暴なことになってしまったのは、わたしの部下への指示が悪かったせいだわ」

「どんな雑な指示をしたら子どもを殺しかけるんだろうね?」

「──貴方は、悪魔でしょう? 子どもを自称するのは、いささか厚顔に過ぎるのではなくて?」


 イワサキが冷ややかな瞳で見つめる。きっと彼女には、リリムは見目の良い金髪碧眼の少年ではなく、淫猥な悪魔に見えているのだろう。丁重な態度は、あくまでも自分に対する矜持とマリーへの配慮だ。


「……殺してもいいかな、と思う程度の悪魔をわざわざ生け捕りにして監禁する理由を教えてもらおうか」

「もちろんよ。淫魔リリム。

 ──わたしたちの代わりに、小さなマリエッタさまを説得してくれないかしら?」

「……説得? なんの?」

「もちろん、『マリエッタ計画』の最終目標にご協力いただくための説得よ」


 ──マリエッタ計画。聖母マリアのクローンを造り、処女受胎を実現させて神の地上への再来を人間の手によって成し遂げる。

 そのために、マリーとマリエッタは造り出された。

 悪魔でも吐き気がするほど倫理観ゼロの計画である。

 イワサキをにらみ付けるが、女はさして堪えた様子がない。


「──お前、僕とマリーがどれだけ親しいか知ってるよね? 僕がそんなクソ計画に協力した方がいいなんてマリーに言うわけないってわからない?」

「わたしだって……自分がどれだけ人道に外れたことをお願いしているか、わかっているわ」


 意外なことに、イワサキは顔を苦悩に歪めて、絞り出すように言った。けれど、黒い瞳には強い決意の光がまたたいている。


「それでも──わたしたち人間には、今こそ神の支えが必要なの」


 イワサキは胸に下げたロザリオを握って、指先で十字を切った。


「今、世界は信仰を失いつつあるわ。日常では神の威光を感じる暇もないほど皆忙しくしていて、ゆとりある日常を取り戻せるという夢と希望が込められた科学技術の発展と進歩は、結局新たな忙しさを産むことになっている。

 多忙のあまりひとは疲れて思考を止め、ついに思考労働さえもAIによって代替される始末。人間は今、存在の必然性さえ脅かされているわ。

 同時に資本主義社会は階級と格差を再生産して、階級間の相互憎悪で諍い、争い合っている。歪なグローバル社会は宗教と貨幣経済を摩擦熱に戦争へと成長していき、結局その争いさえ資本主義によって貨幣へと変換されている──。

 なんて虚しい世界かしら。世界から神の存在が薄くなってしまうのも当然よね。

 でも、そんな時代に生きるひとびとにこそ、世界の善性を信じようと思えるなにかが必要ではない? 私は、その柱のひとつが神の存在ではないかと考えているの」


 イワサキの黒い瞳には、力強い光が宿っている。己の考えが、必ず世界を善い方向に向かうものだと信じているのだ。聖職者にありがちな清廉さだった。

 話す内容は立派だ。この女がそう考えて、この女の影響がおよぶ範囲でそれを成すなら、リリムはなにも言わない。

 けれど、やはり、マリーの人生を曲げようとするのは許せなかった。

 イワサキを見るリリムの瞳は、冷めたままだ。だが、イワサキはそれに気づかない。気づこうともしない。


「小さなマリエッタさまが誕生をお手伝いされる神の子は、きっと現代に生きるひとびとの心の支えになってくれると、わたしは確信しているの」

「……ふーん。頭がいいはずの学者さんは、ずいぶん夢見がちなんだね。神の子とやらが産まれたら、万事解決して世界が平和になるんだ。すごいね。人類の二千年の歴史ってその程度だったんだ」


 リリムの意地悪な言葉に、イワサキの表情がわずかに曇った。リリムの指摘に反論する気はないらしい。


「……神が再来したからと言って、人類すべてを救うことはできないなんてわかっているわ……。イエスさまでさえ、そのようなことはできなかった。

 ただ、イエスさまはひとびとが善く生きようとする導となってくださった。きっと小さなマリエッタさまの御子さまも、そんな存在になってくれるでしょう。

 この計画は、御子さまが生まれたから終わるものではないわ。それ以降も、何年も、何十年もかけて、ひとびとに善く生きることを説いて回ることが必要よ。最初はきっと、誰も耳を貸してくれないでしょう。その時に、『無原罪の生』を得たという事実が重要なの」

「……ずいぶんな御高説だ。その楽園への旅路の出発点が、人間のエゴで造られた女の子が望んでもいない子ども産むことなんだ?」

「……そうした批判も、甘んじて受け入れる覚悟でこの計画を進めているわ」


 つまり──この女は神をもう一度地上に生み出し、世界中のひとびとの精神的な平和を実現しようと、本気で考えているらしい。


イワサキはまあまあ狂人です。

ーーー

評価・ブックマークをいただけると励みになります。最後まで応援よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ