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【完結】淫魔リリムと悪魔祓いマリーは、善悪の境界線でステップを踊る。  作者: 芝村あおい
第四章 ナザレ・ふたりの芽生え編

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58 早く助けに来てよ


「リリム……?」


 小さくこちらを呼ぶ声はさみしそうだ。大きな瞳が不安そうに動く。

 リリムと視線が合った。

 瞬間、黒い瞳に夜の星がきらめく。

 勢いよくこちらに飛びついてきて、受け止め切れずに尻もちをついてしまった。


「わぁ! なになになに⁈」

「リリムリリムリリムリリム‼︎‼︎‼︎ 夢ですか⁈ 夢ですね! でも本人ですよねリリム‼︎」

「……うん。僕だよ。いつもカッコよくてやさしくて物知りな、マリーのリリムだ」

「……ほ、ほんものだぁ……」


 マリーの瞳から、ぼろぼろと大粒の涙がこぼれる。全身の血の気が引いた気がした。マリーの涙は心底苦手だ。


「ま、マリー⁈ 泣かないで。どこか痛い? 辛いことあった?」

「り、りりむ……リリムぅ……私、リリムのこと、守ってあげられませんでした……! め、目の前で、リリム攫われちゃいましたぁ……わぁあ゙あーーーーん!」


 そうか。マリーは攫われた瞬間を見ちゃったのか。

 リリムはマリーの体をぎゅっと抱きしめて、できるだけていねいに頭をなでた。


「……ごめんね。びっくりしたよな。でも、マリーじゃなくてよかった」

「よぐないでず! 私だったら命は補償されてました。でもリリムは……!」

「あー、確かに。今も死にかけてる」

「わ゙ぁ゙ーーーーーーーー‼︎‼︎‼︎ やだやだやだやだ‼︎‼︎‼︎ リリム死んじゃダメです‼︎」

「んー。じゃあ、ちょっとだけ精気くれる? ちょっとで大丈夫だと思うけど」


 そう言ったら、マリーが強引に頬をつかんで唇を合わせてきた。


 小さな舌が口内に入ってくる。舌同士が触れ合って、その暖かさと柔らかさに胸がきゅうっと疼いた。マリーの唾液の甘さより、胸に広がる多幸感に頭がくらくらする。ずっとこうしていたい。

 つい、少しだけ舌を伸ばしてしまう。マリーの舌を自分の舌先でつんとつつくだけでマリーがびっくりして舌を引っ込めた。それがかわいくて笑うと、マリーがいつもの負けん気を発揮して舌を絡めてくる。たどたどしい様子も、マリーだと思うとうれしい。

 けれど、精気をもらい過ぎるのも良くない。後ろ髪を引かれる思いで唇を離した。


「ん、マリー……こんなこと、どこで覚えてきたの?」

「ぅ……コミックで……」


 マリーは慣れないフレンチキスに、小さく呼吸を繰り返している。どうしよう。もう一回したくなっちゃう。

 あとでそのコミックは没収しなきゃ。今は夢だからいいけれど、コレはまだマリーには早いキスだ。


「ん、はぁ……も、もういいんですか、リリム。もっとしてもいいんですよ?」

「大丈夫。それより、マリーの方こそ平気? ちょっと体温低いよ」

「……リリムが攫われたのに、平気でいられるわけないです」

「……そっか。まあそうだよね。マリーは僕のこと大好きだから」

「……はい、そうです」


 あれ。いつもの返しじゃない?

 キスもそうだけれど、マリーは自分が思う以上にショックを受けているのかもしれない。その考えを裏付けるように、マリーの瞳に再び膜が張った。


「リリムが死んじゃうかもしれなかったのに、平気なわけないです……! リリム、本当に平気なんですか? 死にそうって言ってましたよね? 私の精気いくらでもあげますから、私が助けに行くまで死んじゃダメですよ……!」


 泣きながら抱きついてくるマリーの肩が震えていた。こんな時に、こんなこと思うのは本当は良くないんだろうけれど。

 ──マリーって本当にかわいいなぁ。

 胸の奥がやさしい気持ちで満たされる。マリーにこんな風に大事にされているのだと思うと、飛び上がりたいくらいうれしい。


「……うん。マリーが来るまでちゃんと待ってる」

「今、どこにいるかわかりますか?」

「あー、ごめん。まだわかんないや。神の家とは言ってたかな。窓のない部屋で、設備はしっかりしてるみたいだった。警備は人間とロボットがいる。電気柵あたりも設置されてるかも」

「わかりました」

「……僕ひとりでは、ちょっと脱出は難しそうだ。魔術的な設備より物理防護設備が充実してた」

「……はい。リリムはよわっちぃので、そこでおとなしく待っててください」

「うん。……早く、僕のこと助けに来てよ」

「……はい!」


 マリーは、泣きながら笑ってくれた。

 そうして、花のような残り香とともに、リリムの夢からいなくなってしまう。

 夢から醒めたのだろう。

 そして、マリーからの精気で、リリムもまた目覚めようとしていた。


/*/


 覚醒する。

 ぼやけていた焦点が定まって、飛行機のエコノミークラスのシートだと気がついた。窓からは青い空しか見えない。

 すぐに隣にいるはずの姉を見上げると、自分と同じ夜の瞳がこちらを心配そうに見つめていた。


「マリー、もう起きちゃったんですか? やっぱりわたし、眠りの魔術とか上手くないですね……」

「おねえさま! リリムに会いました! 無事でした!」


 興奮気味に叫ぶと、姉の隣の座席にいたファウヌスが上半身を乗り出してきた。


「夢でリリムと会ったのか?」

「はい! あの、死にかけてるとは言ってましたけど、わりに元気そうでしたし、精気も分けてあげられました!」

「……そうか……ありがとう、マリー」


 ファウヌスはほっとした様子でほほえんで、マリーの頭をなでてきた。リリムのよりも大きな手のひらだけど、手つきはリリムによく似ていた。

 涙があふれてくる。


「……うゔー……」

「良かったですね、マリー。本当に良かった……」

「ばい゙……うゔゔ〜」


 良かった。本当に良かった。リリムが生きてる。まだ大丈夫。

 あんまり泣くので、姉がハンカチで顔をふいてくれる。それでも耐えられなくて、姉に抱きついて薄い胸に顔を埋めた。


「リリム、ひとりで脱出するのは難しいって言ってました。助けに来てって……」

「そうか。なら、ちゃちな設備の施設じゃないんだな。あいつは魔術は上手く使うが、別に身体能力は高くない。普通の人間にケンカで負ける。人間の数が多ければ取り押さえられるし、魔術が使えないよう結界が張られていれば、得意の魔術もさして意味はない」

「よわっちいリリム、悪魔だからっていじめられてるんでしょうか……」

「どうかな。俺よりいい性格してるから、案外人間をいじめてるかも」

「そ、そうですね! リリムは意地悪することも多いですから、きっとそうですね!」


 リリムは大丈夫。あとはあの女のひとをぶっ飛ばしてリリムを連れて帰ればいい。

 そうだ。ついでに『マリエッタ計画』とやらも全部潰しちゃえばいいのだ。どうしたら潰せるんだろう。


「……『マリエッタ計画』って、今から向かう場所で進めてたんですよね?」

「そうらしいですね。つまり、わたしたちが生まれた場所、ということになるんでしょうか」

「実感ないですね」


 マリーもマリエッタも、完全培養のクローン人間だ。代理母による出産ではないし、赤子のころにイザベラのもとへ送られた。故郷という感傷はない。マリーとマリエッタの故郷はエスコリアルの町であり修道院で、母はイザベラだった。


「そこぶち壊したら、計画って白紙になります?」

「そういうのならわたし、得意です!」

「残念だけど、こういう計画はデータとスポンサーさえあれば再開できるものだから、施設の破壊だけじゃ不充分かも」

「うーん」

「うーん」


 じゃあどうしたらいいんだろう、と姉と首を傾げていると、義兄は薄くほほえんだ。


「……大丈夫。俺に任せて。そっちは俺の得意分野だ」

「あ。そうですね」


 データには必ずどこかに置き場がある。ネットワーク上なのか物理サーバーなのかはわからないが、いずれでもそちらはファウヌスに任せればいい。


「アホな計画全部めちゃくちゃにして、リリムを連れて帰ります!」


 それで、リリムと一緒に大学に行きます!

 

マリーはいっぱい泣いてから元気になるタイプです。

ーーー

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