44 もっと強、く?
マリーの質問に、思わず3人で目を見合わせた。その様子を、マリーは夜の瞳で冷静に眺めている。
「さすがに、ただの初調査成功のご褒美休暇でリヨンに来られたなんて思ってません。うちの修道院に現金なんてほとんどないんですから。
……イザベラからなにか言われたんですよね?」
さすがマリー。アホのように見えて、本物のアホではない。というか、マリーは少し幼い言動をするだけで頭の良い子だった。
あまり心配させたくなくて事情を伏せていたけれど、嘘をついてまで隠すほどのことでもない。リリムは隣のマリーにしっかりと目線を合わせた。
「……この前の調査中、僕たちは知らない間に科学調査班のひとと会ってたんだって。もしかしたらマリーになにか仕掛けてくるかもしれないから、一緒にいて守ってほしいってイザベラさまに言われたんだよ」
「どうしてリリムだけに言ったんですか? 私、そういう事情がわからないほど子どもじゃないです」
「イザベラさまにとってお前は子どもだよ。ずっとだ。僕にとってじいちゃんがずっとじいちゃんなままなのとおんなじ。マリーは大事でかわいい守ってあげたい子どもだ」
リリムがそう言ったら、整った唇をきゅっと噛み締める。この説明では不満らしい。
「マリー。イザベラさまのご指示に従いましょう? エスコリアル修道院は大きな修道院です。ひとの出入りも多いですから、もしマリーになにかあっても、気づくのが遅れちゃいます」
「そんなにカンタンに襲われたりしません」
「カンタンだよ、マリー。大人にとって子どもを襲うなんてカンタンなことだ。15歳になっても、まだまだマリーは子どもなんだよ。大人しく守られてて」
「じゃあリリムが守ってくれたらいいじゃないですか!」
「悪魔に修道院で聖職者たちとどう戦えって言うんだよ……」
その点に関しては申し訳ないが、リリムは無力だ。聖水で消滅することはないけれどまともに浴びれば大火傷くらいは負うし、その間にマリーみたいな細い女の子を担いで攫うなんて本当に一瞬でできてしまう。何度も言うが、淫魔は物理攻撃に対して無力なのだ。
「……マリーは、イザベラと一緒にいられないことが不満なのか?」
やさしく低い声は、ファウヌスのものだ。諭すような調子は、昔と変わらず聞く者の心にじわりと染みていく。さすがのマリーも少しは黙った。
「……私、もう機関では一人前で、この前もちゃんと調査して戻ってきました。こんな風に逃げ回るみたいなことしたくないです。まして、私の生まれの話は、ただの人間同士の話です。私が死ぬようなことなんてないんですから」
確かに、マリーが死ぬことはない。命の保証はされている。ただし、だからといって無事帰されるわけでもない。
今、科学調査班がマリーを狙うのなら、それは『処女受胎』の計画を進めようとしているに違いなかった。
マリーに望まない妊娠をさせるなんて、冗談じゃない。
リリムはもちろん、イザベラもマリエッタも、ファウヌスだって同じ気持ちなのだ。一番、それをわかっていないのがマリーだった。やっぱりマリーはバカなのかもしれない。
ひと言文句を言ってやろうとして、それをファウヌスの落ち着いた声が遮った。
「そうか。マリーはイザベラと一緒に戦いたかったんだな」
「はい!」
「でも、マリーは本当に足手まといにならないのか? マリエッタにも勝てないのに?」
そのファウヌスのどこかいたずらめいた言葉に、マリーの顔色がまともに変わった。
「──もう一度言ってみなさい。淫魔ファウヌス」
「マリエッタにも勝てないのに、イザベラと一緒にいても足手まといなんじゃないかって言った」
「私、足手まといなんかにはなりません!」
「本当に? イザベラは若いころに悪魔王サタンに挑んで生きて帰った、ここ数世紀の間でも群を抜いた腕の悪魔祓いだぞ。本当に、お前はイザベラに守られず、肩を並べて戦えるのか?」
それはリリムもマリーも初耳だ。凄腕の悪魔祓いだろうというのはわかっていたけれど、サタンに。
……サタンに。
「……サタンかぁ……」
「サタンって、おねえさまたちの結婚式に来てたやかましいおじさんですか?」
「うーん、たとえがわかりづらかったか。アレでも悪魔の誰より強くて長生きなんだけどな」
一応、リリムだってそうだということは知っている。知っているが、あいにくリリムですらサタンが戦っている様子、どころか真面目な顔をしているのを見たことがなかった。ついマリーと一緒に首を傾げてしまう。
「……えっと、マリーはイザベラに頼りにされなかったことがさみしかったんですよね?」
「はい! おねえさま! そのとおりです!」
マリエッタの丸い表現に、マリーは笑みを浮かべてうなずいた。これは、ファウヌスがわざと悪役を買って出たか。
「──なら、もっと強くなればいいです」
「おっと」
「そうきたか」
悪魔二人が思わずうめいた。気にならないらしいマリエッタは、大きな夜の瞳を真剣にひらめかせた。
「たしかに、マリーはまだ子どもです。大人しく守られていてほしいです。けれど、ひとりの調査員として一人前になったからには、ただ守られているのは矜持が許しません。きっとわたしだってそう思うでしょう。ただし、今のままではイザベラさまの足手まといになるのも事実です。
なら、強くなりましょう。修業です! もっと腕と知識と技術を磨いて、いざという時に自分をしっかり守れるようになって、イザベラさまを安心させてあげましょう!」
マリエッタの清らかな瞳に、ついにマリーは悟ったらしい。
──己が、余計なことを言ったというコトを。
「…………おねえさまの、修業…………?」
「ええ。マリーとお稽古するのは久しぶりですね! 以前はイザベラさまと交代で朝の組手を受け持っていたものです。もっとも、わたしではもう体術くらいしか教えられないでしょうから、座学はリリムくんとファウヌスから教わってくださいね」
「おねえさまの修業のあとにお勉強するんですか?!」
「もちろん。相手は『グノーシス調査機関』が誇る神秘科学者たちです。わたしたちよりずーーーーーっと頭がいいでしょう。どんな術式、あるいは問答、あるいは幻覚で挑んでくるかわかりません。しっかりお勉強しなくては。マリーはわたしより体は弱いですが、頭はいいんですから、どちらもしっかり身に付けてください。きっと第二のイザベラさまになれますよ!」
「マリー、イザベラさまを目指すのはあらゆる意味で素晴らしいことだよ。そういうことなら、僕も積極的に協力しよう」
「わーん! リリムの裏切り者ー!」
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