表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】淫魔リリムと悪魔祓いマリーは、善悪の境界線でステップを踊る。  作者: 芝村あおい
第二章 エルサレム・はじめての悪魔祓い編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/77

34 ゆめのはなし04

 

 家に帰ると、サロメが二人を出迎えてくれた。サロメは相変わらず、ファウヌスの腰に抱きついている。


「おかえりなさい! ファウヌス、リリム!」


 サロメの髪は長くなり、背も伸びた。かつては頭が腰の位置にあったのに、今はファウヌスの胸の下くらいの場所にある。それでも手足はまだ細く、顔立ちは幼い。けれど、少し女性らしさも感じるようになっていた。


 ファウヌスは一度だけサロメの頭をなでて、無言で部屋の奥へ引っ込む。それもいつも通りだ。サロメはじっとそれを見送ってから、次にくるりと大きな瞳をリリムに向ける。


「ねえリリム、あとでお水を汲んできて」

「いいけど、お前は今までなにしてたんだ? いつもなら自分で行くだろ」


 そう訊ねたら、濃い肌色に戸惑いの表情が浮かんだ。


「えっと……今日は体調が悪くて、寝てたの」

「えっ、そうなのか? そういや、朝からファウヌスとなにか話してたっけ。なら寝てなよ」

「うん、そうする。……ふたりのご飯は」

「てきとうにするよ。サロメはなにかほしいものある?」

「じゃあ、あったかいスープがいいな」

「わかった」


 すぐに近所のおばさんを頭に思い浮かべる。時々、サロメがつくったおかずを交換しているので、事情を話せば分けてくれるはずだ。とくに、リリムは気に入られているし、水汲みと交換ならおばさんも喜んでくれるだろう。

 サロメが自室に引っ込むと、ファウヌスが自室から顔だけだしてリリムを見た。視線が手招きしていたので、ファウヌスの石板だらけの部屋へ入る。


「ねえ、ファウヌス? サロメの具合が悪いって。知ってたなら教えてくれればよかったのに」

「今からその話をする」


 ファウヌスが床に座り込んだので目の前に腰を下ろした。低い美声が、静かな部屋にひっそりと響く。


「サロメに『しるし』が出た」

「しるしって、なに?」


 リリムが首を傾げると、ファウヌスは一度口をつぐんだ。それから優しいまなざしで、もう一度話しかけてくる。


「……サロメは子どもが産めるようになった」


 リリムは何度かまたたきをして、ファウヌスを見つめた。理解が追いつかない。


「サロメはまだ子どもなのに?」

「子どもに見えるが、体は大人になったと言うことだ」


 まだリリムにはわからない。見た目が子どもだったら、体も子どもなのでは?


「だから、体調が悪いのはそのせいだ。女は子どもを産めるようになると、二十日に一度は股から血を流す。苦痛も伴う。しばらくは家事を手伝ってやれ」

「えっ、わかった」


 苦痛? 体調不良って、どこか痛いのか? 血?


「……それって、大丈夫なの?」


 不安そうな声を出してしまったからか、ファウヌスは薄く笑みを浮かべた。リリムの頭を大きな手のひらがゆっくりとなでていく。


「病や怪我ではない。ただ、痛みには個体差がある。とくに、自分の体に大きな変化があると、痛みよりも驚きの方が大きいだろう。しばらく気遣ってやると良い」


 リリムは力強くうなずいた。それはそうだ。股から血が流れて体が痛むなんて、自分だったらびっくりして死ぬのかと思うだろう。女がそんな体のつくりになっているなんて、今まで知らなかった。


 早速立ち上がって、隣の家へ向かう。おばさんに水汲みと交換に食事を分けてもらい、自分の家とおばさんの家の分の水汲みを済ませた。

 何度か家と水場を往復していると、おばさんからできたてのスープとパンを3人分分けてもらえた。急いで家に持ち帰り、早速サロメの部屋へ向かう。


「サロメ、ご飯持ってきたよ! 食べられる?」


 仕切り布から顔を出したサロメは、少しだけ顔色が悪そうだった。けれど、リリムには笑顔を見せる。


「ありがとう、リリム。迷惑かけちゃったね」

「いいよ。それより、体は大丈夫なのか? 痛いって聞いた。血も出るって」


 サロメは困ったように笑って、自分のほっそりとした薄い腹をなでた。


「うん、お腹痛い……。それに、ほんとに血が出るのびっくりしちゃった。前からそういう事があるんだよって、お母さんやファウヌスから教えてもらってたのに、やっぱりほんとにあると驚くね」


 そんなことを教わっていたのか。全然知らなかった。


「それってすぐ治るの?」

「うーん、七日くらいだって」

「そんなに痛いままなの?!」

「そうみたい。でも、子ども産む時はもっと痛いらしいから、慣らしなんじゃないかってファウヌスが言ってた」

「子ども産むのって痛いの?」

「死んじゃう人もいるんだって」


 なんてことだ! 全然知らなかった!

 悪魔は勝手に生まれてくるから、誰も痛いことなんかない。人間は命懸けで出産するのか。だから子どもを大事に育ててるのか? そう何度も命なんてかけられないから、一回の機会が貴重なのか。種付けのことしか今まで知らなかった。

 ずっと立ちっぱなしで話していたことに気が付いて、リリムは慌ててサロメを床に座らせた。


「じゃあずっと立ってたらダメだ。座ってなよ。ご飯は自分で食べられる? 食べさせてあげようか」

「あはは。そこまではいいよ。でも、体は冷やさない方がいいらしいから、ちょっとだけ毛布足してもらえるかな」

「いいよ。僕のあげる」

「……ファウヌスのは?」

「聞いてみる。でも、きっといいよって言うよ」


 なにせ、悪魔は外気温に体温が左右されることはない。寒さ暑さを感じはするけれど、それは人間に擬態するためで生命維持のためではない。サロメが困っているなら、家の毛布全部を彼女に渡しても問題ないはずだ。

 すぐにファウヌスの部屋から(無断で)毛布を持って来て、リリムの部屋の毛布もサロメの部屋へ持って行く。サロメを抱き上げて硬い寝台の上に乗せてから、たくさんの毛布で細い体を包んだ。


「リリム、重いよー」

「早く良くなってね」


 そう言ったら、サロメは笑った。笑って、視線を下げた。


「……良くなったら私、お嫁に行くのかな……」


 ──さっき、ファウヌスが言っていた。

 ヨシュアのところへ嫁に出す。


 なんでヨシュアなんだろう。どうしてサロメは嫁に出なきゃいけないんだろう。どうしてこの家でずっと一緒に暮らすのはダメなんだろう。


「……サロメは、お嫁に行きたくない?」

「……どうかな。わかんない……」


 サロメはついにうつむいてしまう。さっきファウヌスが『体の変化に驚いているだろう』と言っていた。それで、少し弱気になっているのかもしれない。なんだかサロメが全然違う。子どもじゃなくて、もっと別の『なにか』に思えた。


「…………あのね。本当は、わかってるの。でも、絶対無理だから、言えないの」

「なにが絶対無理なんだ?」

「んっと……内緒だよ? 絶対誰にも言わないでね?」

「うーん、どうしようかな」

「じゃあ言わない!」

「あはは。言わないよ。約束。サロメは、本当はどうしたいの?」

「うん……。あのね。



 ──私、ファウヌスのお嫁さんになりたい」



 サロメの小鳥のような声を聞いて、リリムは、なんだか息が苦しくなった。

 どうしてそう感じたのかはわからない。ただ、なぜだか酷く動揺していた。なにか言わなきゃ、と思うのに、声も出ない。サロメはその間も、ぽつぽつと自分の心の内を言葉にしようと頑張っていた。


「……でも、ファウヌスは私のこと、ずっと子どもだって思ってる。外へお嫁に出すのが当然って思ってる。私、そんなにかわいくないかな?」

「……サロメはかわいいよ」

「ほんと?」

「うん。いつもすごくかわいい」

「あはは、ありがとう」


 本当だよ。声に出して言ったことはないけれど、いつもとてもかわいいって思ってる。『食事』の時に言う『かわいい』と、サロメに言う『かわいい』は全然違うんだよ。

 そう伝えたいのに、でも『食事』の話は秘密だから、リリムはまた言葉を探して口を開閉するしかできなかった。


「……どうして、ファウヌスなの?」

「うーん……私が一番困ってる時に、助けてくれたから、かなぁ? それに、いつも優しくて、いろいろなことを教えてくれる」


 そうだ。ファウヌスはそういう悪魔(ヤツ)だ。自分にとっても、ファウヌスは困った時に助けてくれて、冷たそうに見えるのにおせっかいで、いろいろと教えてくれる、変な親代わり。


「私、ファウヌスが世界で一番大好き。ファウヌスにも、私のこと世界で一番好きになってほしいな」


 サロメの黒くて大きな瞳は夢見るようで、星を閉じ込めたようにきらきらと輝いていた。濃い肌色が赤く染まって、甘い芳香が漂ってきそう。


 ──女の匂いだ。


 淫魔の、リリムとファウヌスの、食糧。

 リリムは微笑んだ。悪魔の笑みだったと思う。


「──ねえ、サロメ? じゃあさぁ、ファウヌスにおねだりしてごらんよ」


 サロメ相手には聞かせたことのない、甘ったるい声で話しかけた。サロメはリリムの変化に戸惑いながらも、会話を続ける。


「え? そんなの無理だよ。だって、絶対ファウヌスは私のこと子どもだって思ってるもん」

「そんなことないよ。今日だって、ファウヌスは僕に『サロメは子どもが産める大人になったんだ』って言ってたよ」

「そ、そうなんだ……」

「体が落ち着いたらさ、夜にファウヌスの部屋へ行ってごらん」

「でも、いつも入っちゃダメって言われてる……」

「ちょっと入るだけだよ。しごと中じゃなきゃ怒られない。僕だってそうだよ。ねえ、今言ったこと、素直にファウヌスに伝えてみなよ。それでね、こんな風におねだりしたらいい。


 『私、ファウヌスの子どもが欲しい』って」


 甘い、あまぁい、声。そうして、サロメが言ってほしい言葉を、重ねる。


「ファウヌスの……子ども……」

「そう。ファウヌスはとっても優しいから、サロメがかわいくおねだりしたら──きっと、子どもも授けてくれるよ?」

「そ……そう、かな……」

「うん。きっと、ね……」


 リリムの甘露のようなささやきに、サロメは浮かされたように頬を紅潮させて、うなずいた。


「……わたし、ファウヌスの赤ちゃん、ほしいな……」


 ああ。──なんて、おいしそうな、匂い。

 


 ──今、この時。

 『淫魔リリム』が、この世に生まれ堕ちた。


 

悪魔は二度生まれる。

ーーー

評価・ブックマークで応援よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ