03
イザベラの質問から、彼女もファウヌスの素性を知っているのだとわかった。まあ、敵対しないなら知られても別に構わないけれど。
リリムはイザベラに対して恭しく頭を下げた。
「はじめまして、美しきシスター・イザベラ。僕は淫魔リリム。ファウヌスは友人なんて言ってくれるんですが、彼には受肉直後から人間社会のルールを教えてもらっているので、孫か弟子みたいなものです。
これもなにかのご縁。悪魔とシスターではありますが、今日の新郎新婦にあやかって親しくしていただけると光栄です」
イザベラからは、危険な存在かどうか、品定めするような視線を感じた。こんな美青年が甘い声であいさつしているのに、心が1ミリも動いていないのがわかる。
──こういう歳上の女性の、異性に浮ついていないところ、すごくイイ。
「……ご丁寧に。私はシスター・イザベラ。花嫁であるマリエッタと、あそこにいる小さなマリエッタ──マリーの育ての母です」
「シスター・イザベラ。今日のお召し物は特別なものに見えますが、とてもお似合いですね」
イザベラが身につけているのはカトリックの司祭服。本来であれば、男性しか身につけることを許されないはずだ。
イザベラの表情は少しも変わることがなく、淡々とリリムの質問に答えてくれる。
「ありがとう。今日は司祭の代役を務めるので、このような姿です。……悪魔との結婚を祝福する司祭は、さすがにいませんので」
なるほど。それで結婚式会場も教会ではなくレストランというわけか。もっとも、黙って教会を使って式を挙げる悪魔だっている。悪魔にとって教会はあまり近寄りたくない場所ではあるが、受肉するレベルの悪魔であれば、足を踏み入れただけで弱体化、みたいなことはない。今回は花嫁が元修道女ということで、悪魔を神の家へ連れていくのに抵抗があったのかもしれない。
イザベラはリリムから視線を外して、マリエッタにくっついてファウヌスを睨み付けていたマリーを手招きする。
「マリー、彼はファウヌスの縁者です。貴女もごあいさつを」
「ああ、彼女とは先ほどあいさつをさせていただきましたよ。偶然なんですけれど、僕、道端で彼女に助けてもらって」
リリムの言葉に、マリーがあっ、と小さな声を漏らした。
「待って! 待ってリリム! 話したらダメです!」
マリーがぴょんぴょんと跳ねて、リリムの口を閉じようと手を伸ばす。もちろん、届くわけがない身長差だ。花の妖精がいたずらでもしようとしているのかな、なんてのんきに考えていたら、目の前のイザベラの視線が鋭くなる。
「……失礼。どのようなことがあったか、うかがっても?」
「もちろん。お恥ずかしい話、僕は悪魔でも腕力にてんで自信がなくて。ショコラティエの前でチンピラに絡まれているところを、彼女が助けてくれたんですよ」
人間に絡まれて幼女に助けられる悪魔の図、をリリムはためらいなく口にした。二千年も生きていると人間に対する羞恥心などなくなっていくのだ。へたに自分を強く見せてもいいことはない。そういう悪魔は真っ先に悪魔祓いに消滅させられる。
リリムの話に、イザベラの整った眉がぴくりと動いた。
「……マリー。まさか、あれを使ったのですか?」
イザベラの冷たい声に、マリーはあからさまに視線を外す。
「えっと……使って、な──」
「このシスター・イザベラに嘘を言ったら、どうなるかわかっていますか?」
「…………」
マリーが動きを止めて沈黙した。あれとやらがなんなのか、リリムにはわからない。が、もしイザベラがちゃんとこの少女と向き合ってきた親だと言うのなら、リリムには言うべきことがあった。
「……すごい力で、大男を一撃で殴り倒していました」
リリムの証言に、マリーはものすごい形相でにらみ付けてくる。イザベラが大きなため息を吐き出した。
「マリー、あの力をひとりで使ってはなりません」
「でも! このよわっちい悪魔が、一方的に殴られようとしてたんです! 悪いことしてないのに!」
「ですが、彼は大人です。大人同士の諍いに子どもが首を突っ込んではいけません。もし巻き込まれて貴女が怪我をしたらどうするんですか」
「……リリムと同じコト言う……」
「……なるほど。それで、私と悪魔の両方に言われて、反省はしたのですか?」
「してません! 同じことされてるのを見たら、同じことします!」
「マリー」
「目の前の困っている誰かを助ける力を持っているのに、使わないで傷つくのを見てろって言うんですか?!」
「そうです。それが『持てる者』の節度です」
イザベラの教育方針が、なんとなくわかってきた。
マリーがどんな力を持っているかはわからないが、要は過ぎたる力は身を滅ぼす、ということを教えたいのだろう。リリムも賛成だ。権力にしろ財産にしろ武力にしろ、過剰な影響力を持つと独善的になりやすい。独り善がりな思想はやがて孤立して破綻し、破滅を迎える。悪魔が関わるまでもなく。
とは言え、マリーに助けられた側として、ここは少し助け舟を出すべきか。
「イザベラさま。今日こうして貴女と出会うのに殴られた後のみっともない格好でなかったのは、勇気ある彼女のおかげです。たしかに危ない行為なので褒めろとは言いませんが、今は責めるのはほどほどにしてください」
リリムのフォローに、イザベラはわずかに目元を緩めた。決してリリムに絆されたのではなく、娘の勇気を称える言葉に反応したのだとわかった。本音は褒めたいんだろう。
「……承りましょう。でもマリー。二度目はありません」
「…………」
「お返事がありませんね? 約束が守れない時は」
「……守れない時は?」
「おやつ一年間抜きです」
「!!」
マリーの大きな瞳が見開いて、この世の終わりのような顔をした。甘い物が好きなんだな。
「うぅ……わかりました、シスター・イザベラ……」
花の妖精がしおれているのを見て、あとで助けてくれたお礼にさっきのショコラティエのショコラでも買ってあげようか、と思う。子どもは元気なのが一番だ。
「……とりあえず、そろそろ時間かな。じいちゃん、僕は先に会場へ行ってるよ」
「ああ。今日はよろしくな」
「……リリム。お手数ですが、マリーも一緒に連れて行ってくれますか? 私は司祭としての出番がありますので」
「ええ、構いませんよ。じゃ、行こうか」
イザベラの頼みを気安く引き受けて、マリーに向けて手を差し出す。マリーは口元をへの字に曲げながら、それでもしぶしぶ手を握ってきた。
「……はい」
老舗レストランの廊下はふかふかとした絨毯が敷かれていて、高い天井には小型ながらも細かな装飾がきらめくシャンデリアがいくつも取り付けられている。さすがリヨン二区の高級老舗レストランだ。いずれも上等なものだと一目でわかる。
隣で手をつないで歩くマリーは、さっきからぷりぷりと怒っていた。下からぎろりとにらみ付けてくる。かわいくて全然怖くなかった。
「リリムのバカ。空気読んでくださいよ。あそこは言っちゃダメなところだったでしょ」
「大人には子どもを守る義務があるんだよ。危ないことしてたら親に報告するのは当たり前だ」
「悪魔のくせに」
「悪魔でも子どもは大事にするもんだ。悪魔は人間の精気──単純に言うと感情を含めた体力を食べて生きている。だから人間には生きててもらわないと困るんだよ。大事な生産者さんなんだから。だから悪魔だって赤子を呪うことなんてことは滅多にしない。それくらい、物の分別のわからない存在ってのは庇護されるべきものなんだ」
そう言ったら、マリーの大きな瞳がまあるく見開いた。
「……悪魔って、意外とサスティナブルを意識してるんですね」
「長生きだから、考え方がどうしても人間より長期展望になるんだよ。……それで、さっきイザベラさまが言ってたお前の力って、なんなんだ? ただの怪力じゃなかったのか?」
「やめてください。マリエッタおねえさまじゃあるまいし」
マリエッタは素で怪力らしい。マリーは得意げに顔を上げて、夜の瞳でリリムを見上げた。
「私は体内の電気信号を操れるんです。なので、自分の体の電気信号を操作して、身体機能を強化しました」
「……なんて?」
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