28 甘えていたいのは子どもだから?
食事を終えて、メアリに教えてもらったタクシーを呼んでホテルに向かう。
イスラエルの宗教施設付近には、巡礼者のための宿泊施設が用意されていることが多いらしい。リリムが予約したホテルも、カトリック系尼僧院が運営するクリスチャン・ホスピスで、ヤッフォ門からそう遠くない場所にあった。
こういったホスピスは巡礼者向けと言いつつ、普通に旅行客も泊まれるらしい。エントランスには一般のバックパッカーらしきひとびとも見かけた。もっとも、欧米はカトリック教徒が多いので、巡礼というのも嘘ではないだろう。
施設は尼僧院管理ということで、マリーとリリムとしては比較的いつもと同じ雰囲気で少し落ち着けた。海外旅行と思えば部屋のつくりは質素だし、古くてしかも狭い。満足度は低いかもしれないが、それでもシャワールームと水洗トイレが備わっていたのでマリーたちには十分だ。質素な生活には慣れている。
「……マリー、ごめんね。部屋がひとつしか取れなくて」
旅程を手配したのはリリムだった。彼は宿に不満あるのか、申し訳なさそうな顔をしている。
「別にいいですよ。予算の都合もありますし。それに、子どものころは一緒に寝てたじゃないですか」
「それは……僕の精気不足のせいでしょ。今はもう必要ないよ」
「ベッドはふたつ取ってくれていますから、なにも問題ないです」
そう言ったのに、まだリリムの表情は不満げだ。
それでもなにも言わずにリリムが扉に近い方のベッドに腰掛けたので、マリーも隣に座る。いつも通りの位置だ。
「そうだ。リリム、『ごはん』あげますよ」
「そう? ありがと、マリー」
マリーはリリムの方を向いて、整った顔が近付いてくるのを待った。青い瞳が至近距離まで近付いて、薄く閉じられる。
柔らかい唇が、額にふれた。
体の力がわずかに抜けていく気配がする。精気を取られているのだ。
5年間、毎日繰り返したリリムの『食事』は彼をすっかり回復させていた。けれど、リリムはいまだに三食ごとに食事を要求してくる。別に、もう気にならないのでいいですけれど。
何度かちゅっちゅ、と軽いリップノイズを残して、リリムの体が離れていった。
なんだか今日は、それがちょっとさみしいような気がする。
イザベラも姉もいない中で、はじめての国外、はじめての任務だ。自覚がないまま不安になっているのかもしれない。
それに──昼間、リリムが昔話なんかするから、ちょっとこの土地に友だちを盗られたみたいな気がした。
「……ねえリリム。今日は一緒に寝ましょうか」
「は?」
真顔で返されて、あ、私拒否されると思ってなかったな、と今さら思った。
「えっと。だって寒いじゃないですか、ここ。断熱材とかで建てられてなさそうですし、暖房もあんまりきいてないですし。それに、明日から調査なんですから、ちょっとでもくっついて精気吸っておいたほうがいいんじゃないですか?」
「いや、そりゃそうだけど……」
「ダメですか?」
おねだりの顔をしてみる。リリムが自分のおねだりに弱いことはわかっていて、ちょっとだけ卑怯な気がした。それでも、なんだか今はリリムと一緒にいたい気分だった。
リリムはいつも通り嫌そうな顔をして、ため息を吐き出す。
「……マリー。僕は淫魔で、とっても年上だからわきまえてるけど、本当だったら異性にそんなこと言っちゃダメなんだからね」
「当たり前です。リリムにしか言いませんよ」
「…………」
「だってリリムはイザベラみたいなのがいい枯れ専じゃないですか」
「…………うーん、そうなんだけど…………いや待て。イザベラさまは枯れてなんかいないぞ。あれこそが女性の到達目標、美しさの頂点だ」
「はいはい。先にシャワー浴びてきますね」
リリムと交代でシャワーを浴びて、寝巻きに着替える。
リリムはシャワーから出てすぐ、マリーの髪を乾かすのを手伝ってくれた。マリーの後ろから持ち込んだドライヤーで温風をあててくれる。
「髪が長いと時間かかって大変だよね。子どものころから長いけど、切らないの?」
「うーん、深い意味はないですけれど、おねえさまが長かったので、私もそうしたいなって思ったんです」
「マリーはマリエッタ義姉ちゃんのこと大好きだよね。すーっごく甘やかされてたんでしょ?」
「む。ファウヌスおにいさまだって身内に激甘じゃないですか。理由もなくお菓子いっぱい贈ってくれますし」
反撃したら、リリムはなぜかうーん、とあいまいな声を上げた。
あれ、思ってた反応と違いますね? てっきりいつも通りじいちゃん自慢をしてくると思ってたのに。
「……僕と一緒に暮らしてたころのじいちゃんは、あんな感じじゃなかった。もう人間と同じように暮らすようにはなってたけど、もっと悪魔らしい視点で見てた……と思う」
「……おにいさまに、甘えたことなかったんですか?」
「……うーん……あったような気もするけど……忘れちゃった」
忘れたわけじゃないんだろうなと思ったけれど、なにも言わなかった。恥ずかしいのかもしれないし、言いたくないのかもしれない。
やがてドライヤーが終わったのか、スイッチが切られた。そのままベッドの中に潜り込む。
「……リリム、寒いからぎゅってしてくださいね。私は甘えられる先があるうちはとことん甘えます」
「……はいはい。仕方ないなぁ」
まんざらでもなさそうな声音なのも、気づかないふりをした。
リリムの体はまだ二次性徴がはじまっていないような細さで、でも少しごつごつしている。
いつまでこうしていられるのかな、と少しだけ考えて、すぐに眠りに落ちた。
面白かったな、と思われたら、評価・ブックマークをよろしくお願いします!




