17 ゆめのはなし01
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見渡す限り、一面のオリーブ畑が広がっていた。
濃い緑をした先の尖った肉厚の葉。白っぽい幹はいずれも太く、小さな白い蕾が付いている。それらは夕焼けに染まっていて、少し冷たい乾いた風に吹かれて心地よさそうに揺れていた。
眼前で真っ赤な太陽が地平線に隠れていくさまを見て、思う。
どうして、こんな穏やかな場所に立っているのだろう。
少なくとも、こんな場所にいて良い存在ではないと、自分のことを認識していた。
「おはよう。ようこそ、地上へ」
誰かが声をかけてきた。
低く、硬く、けれど周囲へ風のように広がる美しい声だった。
振り向くと、長い銀髪に赤い瞳の、整った容姿の男がこちらに静かなまなざしを向けている。
なんとなく、その男が自分と同じだと悟った。
「そうだ。俺は君と同じ、悪魔だ」
──そう。自分は、悪魔。
人間の罪──傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲──そんなものを集めて形作られた、陰の気の精霊。それがより強く世界に固定されたもの。
それが、自分だ。
「……おいで。地上での過ごし方を教えよう」
赤瞳の男はそう言って、背を向けた。
長身だが、細身の姿。背中まで流れる銀髪は夕日に染まってほんのりとあたたかな色に見える。
不思議と、抵抗する気は起きなかった。
「……どうして?」
はじめて、声を出した。そうか、自分はこんな声をしているのか、とそれにも驚く。甘く、やさしく聞こえるまあるい声。
男は振り返らず、けれどこちらの頼りない歩行に合わせてゆっくりとオリーブ畑を下っていく。
「同属が生まれる気配がしたんだ。悪魔の誕生なんて滅多に見られるものじゃないから、興味が湧いて」
そういうものなのだろうか。少なくとも、自分なら近くで自分のような存在が生まれると知っても、興味なんて塵ほども抱かないような気がした。
「……この地上の過ごし方、って……? 僕たちは、人間ってやつからご飯をもらって過ごすだけなんでしょ」
生存本能のようなものは備わっていた。生存するために必要な能力も、ある程度はあるらしいこともなんとなく知っている。
「それは間違ってない。だが、人間社会は複雑で、ある程度それを理解しておいた方が過ごしやすい。少なくとも、俺はそう考えている」
「ふーん」
要は、コイツはおせっかいな悪魔なんだな。
それだけわかれば、今はいいかと思った。
赤瞳の男はオリーブ畑を降り切ると、町へと向かった。
乾燥した白い砂と土の大地の上に、白っぽい石を敷き詰めた箱が並んでいる。
オリーブ畑からも、この白っぽい石の塊はいくつも並んでいるのが見えていた。実際に間近まで近付くと箱のような直線の建物に、いくつか穴が空いている。多分、これが「家」というものなのだろう。知っているのに見るのははじめて、という状況はひどく居心地が悪かった。
男は立ち並ぶ家の中でも、とりわけ小さな家へ入っていく。外と内を区切るように出入り口に垂れた布をくぐり抜けると、中から小さな女の子が飛び出してきた。男の腰あたりにしがみつく。
「ファウヌス、おかえりなさい!」
男はなにも反応せず、黙って女の子をどかして、さっさと家に入ってしまった。女の子はこちらを見て小首を傾げる。
「……お兄ちゃん、誰?」
「今日からここで面倒をみる」
男──ファウヌスというらしい──はそっけなく言って、家の奥へと引っ込んでしまう。取り残された女の子は首を傾げたままだ。
「……お兄ちゃん、名前は?」
「名前……」
そうか。さっきの「ファウヌス」のように、個体を識別するための名称。
「ないよ」
「うーん。名前がないとさすがに不便ね。ファウヌス、このお兄ちゃんの名前、どうするの?」
一度奥に引っ込んだファウヌスは、ちらりとこちらに顔を見せて、
「……リリム」
と告げた。
リリム。それが、僕の名前。
「リリムね。よろしく。わたしはサロメよ。ここでファウヌスと暮らしてるの」
サロメは黒く短い髪を揺らして、明るく笑った。
なんとなく、さっき目にしたオリーブ畑の光景を思い出す。
きらきらと夕焼けに照らされた、みずみずしいオリーブの花のよう。
「サロメ、ファウヌス……リリム」
その日から、リリムはリリムとしてファウヌスたちとともに生活するようになった。
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今日の夜更新は7時過ぎになります。
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