表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

2.星の落ちた夜

 東の空がほの赤く染まり出した頃、夢は王城に戻った。

 少年は、お掘りなんてないように真っ直ぐ進み城壁に触れると、するりと内部に入り込んだ。僕は裏門へと向かい、門番の詰め所をノックする。


「ただいま戻りました」


 眠たそうな顔の門番が顔を出す。最近、配属された新顔だった。

 顔をしかめ、胡乱な目つきで僕を見やる。


「ああ……。お帰りなさい、アウルカ」


 門番は面倒そうな声音で言うと、通用口を開けてくれた。僕は礼を言って通る。背後から聞こえてくる会話は、フードのおかげでほとんど耳に入らなかった。


 王城の片隅に建てられた小屋の扉を開けると、ため息がこぼれる。半ば、毎朝の儀式になっていた。

 扉を開けたまま中に入ると窓の鎧戸を開いた。まだ薄暗い外からは十分な光が得られない。けれど、夜の闇に慣れた目には十分だった。


 部屋の片隅にある台所で朝食を食べる。王城で作られた夕食の残りだ。

 初めて王城の料理を口にしたときは本当に感動を覚えた。この世には、こんなにもたくさんの味があるのか、と。それまで僕は、酸味と苦みとえぐみしか味はないと思っていた。


 あれから十年近くが経つ。

 ひとりで食べる冷めた料理は、また味気なく感じられるようになっていた。

 皿を片づけると、寝支度をしてベッドに入った。締めた鎧戸の隙間から朝陽が入り込み、室内を明るく満たしていく。僕は体を丸めて毛布に沈む。

 小鳥の鳴き声が子守歌のように響いていた。




 僕は――夢を見ていた。

 あの晩、僕は暮らしていた孤児院からこっそりと抜け出した。どうして、そんなことをしたのか覚えていない。記憶にあるのは夜の美しさだけ。


 月のない夜だった。空には数えきれないほどの光があり、チラチラと瞬いていた。あまりにも光が美しくて、どこまで広がっているのか確かめようと街の広場へと向かった。狭い路地を抜けて、銅像のある広場に出ると視界いっぱいの星空に圧倒された。

 大きい星。小さい星。白い星、青い星、黄色い星、赤い星。

 スッと空を横切って、その一つが落ちていった。僕はハッとして、落ちた星を追って視線を動かした。


 そこに兎がいた。

 青白い光をまとい、石畳の地面が透けて見える兎が。

 僕は落ちた星が兎の姿になったのだと思った。


 兎は長い耳をピクピクと動かし、地面のにおいをかぐと軽やかに進みだした。跳ねたあとに点々と青白い燐光が残り、溶けるように消えていく。

 僕は胸を躍らせ、兎のあとを追った。


 そして、広場から路地へと入ろうとしたところで後ろから腕を掴まれた。

 驚いて振り返ると、大きな人影が立っていた。顔は見えない。ただ、三日月のように鋭い光が揺れていた。獣の牙を思わせ、食べられてしまうのだと僕は震えた。

 体から力が抜けて、膝が崩れる。それでも腕を掴まれているため、座り込むことすら出来なかった。


『見えるのか……?』


 人影が声を発した。かすれ、引きつり、震えた声音。


『あれが見えるのか? あれはなんだ? 言ってみろ……!』


 掴まれた腕が痛かった。

 僕が声を出せずにいると、反対側の肩も掴まれ強く揺さぶられた。


『言え! あれは、なんだ? なにを見た!』


 僕は歯を鳴らしながら、上ずった声で答えた。


『し……知りません。ぼく……僕は星を見ていただけで』


 腕と肩を掴む手に一層の力が込められた。このまま握り潰されてしまうんじゃないかと恐ろしかった。荒い息が顔に当たる。涙が溢れ、孤児院を抜け出してきたことを後悔した。

 僕は助けを求めるように振り向いた。

 青白く光る兎は、僕のことなんて見向きもせず跳ねていた。


『お前は見たんだ』


 影が言った。

 視線を戻すと、師匠の顔があった。


『王さまの夢を、見たんだ。お前は夢守(アウルカ)の資質を具えている』


『アウルカ……?』


『王さまから抜け出した夢を守る、名誉ある仕事だ。誰にでもはできない。特別な才のあるものだけが、アウルカになれる』


『特別な……』


『アウルカになりたくはないか?』


『アウルカになったら……僕は役に立ちますか?』


『誰よりも。お前の名は?』


『……エルドネイト』


 師匠は静かに微笑み、自分の耳飾りをはずして差し出した。黒い星の散った濃紺の石が、ほのかな光を発している。

 僕は耳飾りを受け取った。


『これからは、お前がアウルカだ。お前だけが、アウルカだ』


 師匠に強く握られた手が、少しの痛みを覚えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ