第5話:見えない盾、電気防食! コンクリートの癌(がん)を封じろ
アトランティスを支える巨大な支柱群。海面に浮上したことで、それらはかつてない脅威にさらされていた。長年染み込んだ塩分が、地上の酸素と結びつき、内部の鉄筋を猛烈な勢いで腐食させ始めたのだ。
「一ノ瀬様、見てください。柱の表面が剥がれ落ち、錆びた鉄筋が剥き出しになっていますわ。これは『爆裂』現象……いわばコンクリートの癌です。このままでは、都の重さに耐えきれず支柱が座屈し、アトランティスは再び海へ沈むことになりますわ!」
エレナが警鐘を鳴らす。錆びた鉄筋は体積が数倍に膨らみ、内側からコンクリートを押し割ってしまう。一度始まると止まらないこの連鎖を食い止めるには、表面を塗り直す程度の補修では到底足りない。
「……よし、荒療治で行くぞ。ガッツ、支柱の各所に『チタンメッシュ』の電極を取り付けろ! エレナ、都市の魔導コアから微弱な直流電流を引き出し、鉄筋に接続するんだ。今からこの都市全体に『電気防食』を施す!」
俺が提案したのは、腐食という「化学反応」を電気の力でねじ伏せる高度な維持管理技術だ。鉄が錆びるのは、鉄の原子から電子が奪われる電気化学的な反応である。ならば、逆に外部から強制的に電子を送り込み続ければ、理論上、錆の進行は完全に停止する。
ガッツが火花を散らしながら、巨大な支柱のコンクリート表面を削り、陽極となる特殊な電極を埋め込んでいく。
「ボス、電気を流すだけで本当に錆が止まるのかよ? 魔法じゃあるまいし、目に見えねえぜ!」
「魔法以上の科学だ、ガッツ。鉄筋をマイナス極、外部電極をプラス極にして回路を作る。そうすれば、塩分(塩化物イオン)はプラス極に引き寄せられて鉄筋から遠ざかり、代わりに鉄筋には電子が充填される。これで鉄は『錆びたくても錆びられない』状態になるんだ」
エレナが制御盤を操作し、微弱な電流が支柱内を駆け巡る。目には見えないが、コンクリートの内部では、数千年分の塩分が鉄筋から引き剥がされる静かな「革命」が起きていた。
「一ノ瀬様、電位の安定を確認しましたわ! 鉄筋の腐食電位が『防食域』へと完全にシフトしました。これで、どれだけ潮風を浴びても、この柱が内側から壊れることはありませんわ」
作業を終えた俺たちは、夕日に照らされる支柱を見上げた。ボロボロと崩れていた表面は、俺たちが施した断面修復と電気防食によって、かつての威容を取り戻している。
「ふぅ……。これで『足元』は固まったな。見えないところで戦うのが、本当のメンテナンスってやつだ」
俺が汗を拭ったその時、足元の地面から、これまでの振動とは質の異なる「歌声」のような共鳴が響いてきた。
「……何、この音? 柱の中から聞こえてくるみたいだけど……」
ミーナが不安そうに柱に耳を当てる。
電気防食によって回路が繋がったことで、都市の深部に眠っていた「何か」が、電気信号を受け取って目覚めてしまったようだ。
「所長! 電気を通したせいか、地下の『水没した動力室』で、巨大な古のタービンが回り始めちゃったわよ! このままだと、都市が勝手に自航を開始しちゃう!」
ミーナの叫び声と共に、アトランティスがゆっくりと北へと進路を変え始めた。
今回の建築・土木用語解説
• 爆裂: 内部の鉄筋が錆びて膨張し、コンクリートを内側から破壊して押し出す現象。
• 電気防食: 外部から微弱な電流を流すことで、金属の腐食(酸化反応)を化学的に停止させる技術。
• 塩害: 海水の塩分がコンクリート内部に侵入し、鉄筋を錆びさせることで構造物の寿命を縮める被害。
• 陽極: 電気防食において、電流を流し出す側の電極。
• 座屈: 柱などに縦方向の強い力がかかった際、耐えきれずに折れ曲がってしまう現象。
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