第4話:銀の幕で包み込め! 制御塔の「シート防水」突貫工事
アトランティスの頂上に位置する「中央制御塔」。そこには都市の生命線である魔導回路が集中しているが、地上に浮上したことで新たな脅威にさらされていた。数千年ぶりに降り注ぐ「雨」だ。長年水圧に耐えてきた石造りの屋根も、重力方向が変わったことであちこちに微細なひび割れが生じ、そこから染み出す雨水が精密な回路をショートさせようとしていた。
「所長、大変! 制御盤の隙間から水が垂れて、火花が散ってるわ! このままだと都市の安定化システムがダウンしちゃう!」
ミーナの悲鳴が響く中、俺は広大な制御塔の屋根を見上げた。面積はテニスコート十数面分。塗り防水(塗膜防水)では乾くのを待っている間に次の雨が来てしまう。
「……時間がない。一気に面で塞ぐぞ! ガッツ、地上から取り寄せた『合成ゴム系防水シート』を全開で運び込め! エレナ、屋上の清掃と『プライマー(下地処理材)』の塗布を並行して進めろ。一滴の浸水も許さん!」
俺たちは、ロール状に巻かれた巨大な黒いシートを屋根に広げ始めた。これが『シート防水』だ。液体を塗るのではなく、工場で作られた均一な厚みの防水層を「敷き詰める」ことで、施工スピードと信頼性を両立させる。
作業は過酷だった。海風が吹き荒れる屋上で、巨大なシートが帆のように風を孕んで舞い上がろうとする。
「フィラ、上空から重石代わりに風圧でシートを抑えろ! ガッツ、端から順番に『ディスク板』で固定していくんだ。下地に穴を開けて物理的に固定する『機械的固定工法』なら、湿った下地でも剥がれる心配はない!」
「おうよ、ボス! この強風、ドワーフの筋力でねじ伏せてやるぜ!」
ガッツが強力な電動ドライバーで、等間隔にシートを屋根の構造体に打ち付けていく。しかし、シートを敷くだけでは不十分だ。シート同士の重なり目こそが、防水の命運を分ける最大の弱点になる。
「ここからが本番だ。エレナ、『自走式熱風溶接機』を起動しろ! シートの重なり部分を熱風で溶かし、分子レベルで一体化させるぞ。1ミリの隙間も、1パーセントの溶け残しも命取りだ!」
俺は自ら溶接機を手に取り、シートの継ぎ目を這うように進んだ。熱風で溶けたゴムの匂いが鼻を突く。空気のない月面とは違い、地上の湿った風が溶接面を冷まそうとするが、俺は魔力を注ぎ込んで温度を一定に保ち続けた。もしここで接合が甘ければ、そこから雨水が浸入してシートの下で「水ぶくれ」を起こし、いずれ屋根全体を腐らせてしまう。
「……よし、ジョイントの溶着完了。エレナ、『テストハンマー』で全スパンの打音検査を頼む。浮きや剥がれがないか、一箇所ずつ確認だ!」
「了解ですわ、一ノ瀬様。……完璧ですわ! センサーの反応もオールグリーン。屋根全体が、一枚の巨大な『防護服』に包まれましたわ!」
その直後、バケツをひっくり返したような豪雨がアトランティスを襲った。しかし、制御塔の屋根に叩きつけられた雨水は、銀色のシートの上を滑るように流れ、排水溝へと吸い込まれていった。内部のミーナからも「雨漏りが止まったわ!」という無線が入る。
俺は雨に濡れたまま、完成したばかりの黒い屋根の上で深く息を吐いた。どんなに華やかな古代文明の都も、たった一筋の雨漏りで崩壊する。それを食い止めるのが、地味だが欠かせない「防水」という仕事の誇りだ。
「所長、屋根は守られたけど……。今度は都市を支える巨大な『海底支柱』に、浮上時の歪みで深刻な『爆裂』現象が起きてるわ! 鉄筋が錆びて膨らんで、柱のコンクリートがボロボロ剥がれ落ちてる!」
雨の中、エレナが緊急のホログラムを映し出す。海上に浮上したアトランティスを支える脚が、今度は「塩害」という新たな敵に蝕まれようとしていた。
今回の建築・土木用語解説
• シート防水: ゴムや塩化ビニール製のシートを接着剤や機械で固定して屋根を覆う防水工法。広い面積を短期間で施工するのに向いている。
• プライマー: 防水材や接着剤を塗る前に、下地との密着性を高めるために塗る下塗り材。
• 機械的固定工法: 接着剤を使わず、ディスク状の器具とネジでシートを構造体に直接固定する工法。下地が多少濡れていても施工できる強みがある。
• 熱風溶接: シートの重なり部分を熱風で溶かし、圧着して一体化させる技術。
• 打音検査: ハンマーなどで叩いた時の音の違いで、内部に浮きや空洞がないかを調べる検査。
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