重兼、結婚する
健保三年四月。
新田荘の世良田郷。
その日は市が開かれており、かなりの賑わいだった。
日用雑貨や食料品を売り買いする人達で混雑する中を、重兼は歩いていた。
それを見て、周りの者達が声をかけてくる。
「御領主様!」
「重兼様が来てるぞ!」
「御領主様! 今日は如何なる御用で!?」
重兼の周りに、あっと言う間に人だかりができた。
「……」
重兼は嬉しさのあまり声がなかった。
以前ならば、公の場に姿をみせても誰もが素っ気ない態度で挨拶する程度だったのに、今はこれだ。
当主を継いだのに加えて、金儲けしまくっているのが影響しているのだろうが、やっぱり良いもんだ。
(金の力は偉大だなー)
つくづくそう思った。
「いや、さほど用事はないのだ。 ただ、世良田の市を見たくなって顔を出しただけだ」
「左様でございますか」
「ゆっくりしていってくだせぇ」
皆は挨拶したあと、仕事や買い物に戻る。
重兼も見回りを続ける。
今日、ここへ来たのは世良田宿の様子を偵察するためだった。
重兼の管理下にある安養寺宿は急速に発展しているが、世良田宿にはまだ及ばない。
今後の参考にできればと、見学に来たのだ。
するとそこへ、「重兼様!」声をかけてくる者がいた。
声の主は、見たところ四、五十代のおじさんだった。
身なりがよく愛想笑いを浮かべているが、会った記憶がない。
「……いかにもそうだが、お主は? 」
「私めはこの世良田宿に住む、鈴谷道安と申す者でございます。 重兼様が参られたと聞きまして、是非ともご挨拶をと思いまして」
「そうか……」
重兼は道安を観察した。
何となくではあるが、関わらない方が良いような感じがする。
特に、背後にいる二人のガラの悪そうな男(令和の日本でいうとヤクザのような男)が重兼に警戒心を抱かせる。
「重兼様。 ここで会ったのも何かの縁でございましょうから、私の舘においで下され。 この機会に御領主様と、商売などの事でお話ししたいと思う次第でして」
本当に揉み手をする道安の言葉に、重兼は興味を持った。
商売。
その言葉を口にするという事は、もしかしたら商人なのかもしれない。
それで重兼と親睦を深めたいのだろうか。
後ろの二人は、護衛だとすれば納得がいく。
ここで申し出を受ければ、今後に良い影響が出るかも知れない。
そう思ったので、重兼は道安の舘に行く事を決めた。
「それでは、茶の一杯でももらうとしようか」
「ありがとうございます。 それでは早速案内させていただきます」
道安の舘はなかなか立派なものだった。
ちょっとした武家屋敷と言っても通じる規模であり、かなり儲けているようだ。
座敷に通されて座っていると、茶ではなく酒が出された。
(真っ昼間から酒か)
少し抵抗を感じたが、ここまできて断るのは悪い気がする。
「では、いただくとしようか」
杯を手に取ると、「暫しお待ちください」と道安が制止する。
「お百合を呼べ」
下人に命じた。
「娘に酌をさせますので」
すると、一人の若い女性が現れて道安の隣に座る。
「我が娘のお百合にございます」
「お百合にございます。 以後、お見知りおきを」
「重兼様に酒を注いで上げなさい」
「はい」
その女、お百合は笑顔を見せて銚子を手に取って重兼の傍らに座る。
「御領主様。 一献どうぞ」
「あ、ああ」
お百合に見惚れていた重兼は、生返事をしてしまった。
美しい少女だった。
歳は十代後半くらいで、絹糸のように白い肌の端正な顔立ちをしている。
長い黒髪を背中でしばり、『大和撫子』という言葉がぴったりだった。
そして、美貌以上に重兼の目を引いたのが、服装だった。
女でありながら、白い水干に立烏帽子をかぶった男装をしているのだ。
「……そなた、歳はいくつだ?」
「十七でございます」
「ほう」
現代でいうなら女子高生といったところか。
「!」
そこで重兼は思いいたった。
お百合は遊女なのだ。
この時代の遊女とは、客人に対して歌舞を披露してもてなすのを仕事とした女性であり、言葉から連想するような性的な接待はしない。
(稀にする事もある)
そして、遊女の父親はその土地の宿場町の有力者である事が多いのである。
そしてその有力者(長者と呼ばれる事が多い)は、自分の縄張りの治安を維持する為に、多少ガラの悪い者を使う事を厭わない。
道安とお百合がまさにそれだった。
三杯ほど煽ると、少し酔ってきた。
そろそろ、帰る方が良いかも知れない。
お百合がさらに酒を注ごうとするのを手で制する。
「もう良い。 馳走になった」
少しばかりおぼつかない感じで立ち上がろうとすると、道安が引き止めた。
「重兼様。 せめて、娘の笛を聞いて下され」
「……」
振り切って帰ってもよかったのだが、酔っているせいかそう思わなかったので、再び腰かける。
すると、水干の袖から横笛を取り出して吹き始めた。
「……」
思わず聞き入った。
二十一世紀の音楽とは比べものにならないほど、単調な音色だったが、穏やかで心に染み入る音色だった。
これを邪魔してはいけない。
芸術に理解があるわけではない重兼でもそう思った。
「……」
演奏が終わると、重兼は思わず拍手をしてしまった。
それほど心を揺さぶられたのだ。
「お百合。 見事であった」
「ありがたき御言葉にございます」
お百合は両手をついて礼をする。
「重兼様。 如何でございましたか?」
「実に見事であった。 道安。礼を言うぞ 」
「ありがとうございます」
道安も娘と同じように礼をする。
「重兼様。 いかがでございましょうか。 よろしければ、我が娘を嫁に……」
その言葉を聞いて、重兼は合点がいった。
道安がいささか強引に重兼を招いたのは、これが目的だったのだ。
最近の新田家は、金銭面で一大飛躍を遂げている。
是非とも関係を深めておきたいのだろう。
簡単にいうと、「このビッグウェーブを逃してなるものか」と思っているようだ。
お百合を見ると、少し頬を赤らめている。
そんな姿も魅力的だった。
重兼は考え込んだ。
そろそろ結婚しても良い頃だし、世良田宿の有力者とつながりを持っておけば、後々良い事があるかも知れない。
なにより、お百合は可愛い。
容貌だけでなく、プロポーションも魅力的だ。
巨乳好きの重兼からすると、もう少し胸の膨らみが欲しいところだが、気にするほどではない。
重兼は決断した。
「よろしい。 そちが異存なければ嫁にもらいたい」
「おおっ!」
道安は歓喜の表情になった。
「異存などあろうはずもございませぬ! 是非とも娘を貰って下され!」
「ありがたき幸せにございます」
親子は揃って頭を下げた。
重兼は総持寺の新田舘に帰ると、額戸経義、氏経親子を呼び出した。
そして、お百合との事を告げる。
「嫁をとるのでございますか!?」
「そうだ」
驚きの表情で尋ねた経義とは対照的に、重兼は冷静に答える。
「どこかの武家から嫁をもらった方が良いのでは? 今の殿ならば、縁を結びたがる者は相当おるはずですが……」
息子の氏経が少しばかり不満気につぶやく。
「氏経の申す事は最もだ。 されど、地元の長者と縁者となるのも悪くないと思ったのでな」
「なるほど」
経義は、重兼の狙いを悟ったようだった。
この時代の長者は、宿場町において強い影響力を持っており、商業活動を保護する役割を担っていた。
そのための武力も少しは持っており、長者を味方につける、もしくは縁戚になるという事は小規模な傭兵隊を支配下に置く事に等しい。
重兼はそれを期待しているのだ。
それに、この時代の武士や貴族でも遊女を妻にする事は珍しい事ではなく、特に源氏は母親が○○の遊女とする者が何人かいる。
(例を挙げると、源為朝。 源義平。 源範頼など)
「とにかく、この婚姻は新田家に利となるのだ。 氏経。 不満やも知れぬが分かってくれ」
「殿がそこまで言われるのならこの氏経、異論はありませぬ」
「すまぬな」
息子が納得したのを見て、経義が満足気に頷く。
「それでは早速、他の一門衆に伝えましょう」
翌五月。
新田舘にて、惣領の重兼の婚礼が執り行われた。
里見義成、世良田義季、岩松時兼といった一門衆とその主な家族が出席して、惣領の結婚を祝う。
重兼の隣には花嫁衣装のお百合が座っていた。
顔には白粉を塗り、唇には紅を刺している。
その姿は、初めて会った時よりも数段美しく見えた。
上座に着いた重兼とお百合の前に、新田一門が集まった。
「惣領殿。 まことに祝着至極にございます。 この義成、心よりお祝い申し上げる次第でございます」
里見義成が最初に祝いの言葉を述べた。
普段は引きこもりがちなそうだが、さすがにこのような時は顔をみせる。
「重兼様。 まことにおめでとうございます。 一日も早くお世継ぎに恵まれますようご祈念申し上げます」
続いて世良田義季が祝いの言葉を述べた。
「それにしてもお人が悪い。 もし嫁をお探しならばこの義季、我が娘を差し出したものを……」
「それはすまぬ。 ただ、急に決めた事なのでな。 此度は勘弁してくれ」
「ははっ」
「惣領殿。 此度はまことにおめでとうございます」
最後に岩松時兼。
感情を出さずに、淡々と喋るだけだった。
「皆のもの。 此度は我が婚儀を祝ってもらい、心底から感謝している。 今日は存分に楽しんでくれ」
重兼が酒で満たされた杯をかかげると、皆が続いた。
そして、祝宴が始まった。
世良田義季は複雑な気分で酒をあおっていた。
宴の前に言ったのは、本心だった。
上昇気流に乗った新田宗家との関係強化の為に、娘を重兼に嫁がせようと考えていたのだが、遅れをとってしまった。
まさか重兼が、自分のお膝元の長者の娘と結婚するとは予想外であった。
(まぁ良いか)
義季は思い直した。
娘を側室として重兼に差し出せば良いだけの話だ。
勿論、正室として嫁にしてもらうのが望ましいが、贅沢は言えない。
(まだ、焦る事は無いな)
新田家の下女が酒を注いでくれたので、義季はもう一度飲み干した。
宴も酣であるが、重兼は別室に移った。
お百合は寝所へ案内される。
やがて、下女が来て告げた。
「重兼様。 床入りの支度が済みました」
頷くと、寝所に向かう。
重兼は今、猛烈に興奮していた。
令和の頃の重兼は結婚はしていなかった。
まあ、風俗産業のお世話になった事はあるが、お百合のような若い娘と関係を持った事は無かった。
しかし、これからは違う。
若く、美しいお百合との結婚生活が始まるのだ。
それを思うと顔がニヤけそうになるが、必死に抑える。
寝所に着くと、逸る気持ちを抑えて中に入る。
寝床の傍らで、お百合が待っていた。
「……ふ、不束か者ではございますが、よろしくお願いいたします」
両手をついて、頭を下げる。
少し、緊張しているようだ。
「楽にしてくれ」
お百合のそばに腰を下ろすと、優しく声をかける。
顔を上げたお百合を見ると、やはり緊張しているのが見てとれた。
気持ちをほぐしてあげようとは思うのだが、どうすれば良いかさっぱり分からない。
「えーと、その、何だ、あの、その……」
何と言って良いのかも分からない。
やむを得ず、ありきたりな言葉を口にする。
「……これからは、よろしく頼む」
「……」
お百合は黙って頷く。
その後、また沈黙が続いた。
重兼としてはさっさとやりたいのだが、どうにもきっかけがつかめない。
(ええい、ままよ!)
少しヤケ気味になった重兼は、そのままお百合を寝床に押し倒した。
その後、二人は『特別な経験』をした。




