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鎌倉年代記  作者: 令和の傍観者


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新田金融道

 総持寺、新田館の蔵の中で、重兼はひたすらニヤけていた。

 目の前に積上げられた銭を見ながらである。

 石鹸、炭団、ワイン、チキンジャーキーと蒔絵細工。

 それらの売り上げが、この銭の山をもたらしたのである。

 特に、ワインと蒔絵細工の売り上げが多かった。

 共に、原材料の問題や高級感を煽る為に生産量を少なくして高い値段をつけているのだが、それでも売れるのだ。

(いやぁ、笑いが止まらないな〜)

 今年一年の収入は一千貫文を楽々超えた。

 それを一体何に使うべきか考えるのが楽しくなって来た。

 重兼は、ニヤけながら蔵を出た。

 周りの者達が、気味悪そうに見ているのに気づかずに。



 新田家が、蒔絵細工を売る事でさらに収入を増やして巨額の富を得ている。

 その噂は、鎌倉でも広がっていた。

 そしてそれは、幕府内で最も巨大な権力を持つ男の耳にも入っていた。



「義時様。 お願いがあるのですが……」

 その日の夕食の席で、千代が酒を注ぎながら言ってきた。

「どうした? 何か欲しい物でもあるのか?」

「はい。 実を申しますと……」

 千代は少しばかり口ごもるが、意を決したのか言葉を続ける。

「蒔絵の小箱が欲しいのですが……」

 なるほどな。

 義時は、妻が遠慮がちな理由が納得できた。

 最近、蒔絵細工が関東でも出回っており、有徳人が喜悦して購入している。

 その事を、千代も耳にしたのだろう。

「何に使うというのだ?」

「化粧品を入れるのに使おうと思いまして」

「……」

 義時は、妻が注いでくれた酒を飲み干した後、思案する。

 正直言って、妻の望みは叶えてやりたいが、蒔絵細工が高価なのは義時も知っている。

 いくら北条家といえど、おいそれと手が出せる代物とは言い難いのだ。

 義時は思案するというより悩んだ。

 その結果、妻への愛情が優先された。

「分かった。 買ってやろう。 ただし、一つだけだぞ?」

「ありがとうございます!」

 よほど嬉しかったのか、千代は勢い良く頭を下げた。

 その様子をみて、義時も思わず笑顔になる。

 そして、ふと思った。

(新田家はかなり儲けておるようだな……)

 現在の新田家は幕府に、自分に対して忠節を尽くしている。

 しかし、それは最近になってからの事であり、それ以前は幕府に対して協力的でもなかったし、重要な存在でもなかった。

 むしろ、幕府からの処遇に不満気だった様子もある。

 同じ河内源氏の義国流の足利氏とは正反対だ。

 まあ、足利氏は将軍家と北条家の両家と血縁関係がある事が大きいのだが。

 新田家に、過度に期待するのは危険かも知れない。

(少し、力を削いでおくか)

 義時は決心した。



 年が明けて健保三年正月。

 鎌倉幕府は焼失した永福寺の再建を決定した。

 それにより、御家人達から資金を集める事もである。

 御家人の負担額は所領の広さや収入によって決められる。

 最高額は北条一族の五百貫文であり、次いで三浦や千葉、足利、小山といった有力御家人の百貫文。

 最低は零細御家人達の三〜五貫文といったところである。

 新田家は八十貫文だった。



「八十貫文か……」

 重兼は顔をしかめた。

 新田館で翌月の鎌倉大番役の準備をしている時に、永福寺再建資金の負担額を知らされたのだ。

 今の新田家にとって出せない金額ではない。

 払ったとしても、十分お釣りがくる。

 しかし、どうしても引っかかる。

 和田合戦の勲功によって、新田家の所領は増えた。

 それでも、所領からすれば中堅御家人といったレベルであって八十貫文は多いような気がするのだ。

(儲けすぎたかな?)

 蒔絵細工で儲けた事が、幕府の耳に入ったのだろう。

 これを皮切りに、様々な金銭負担を求められる事が増えるかも知れない。

 思わずため息がこぼれた。



 翌、二月。

 新田党は鎌倉大番役のために鎌倉へ出向いた。

 侍所にて、別当の北条義時に到着の挨拶をすると宿舎に入った。

 同じ、上野の御家人達のいる部屋に入る。

 床に腰かけて、一息つく。

 すると周りから、ため息が聞こえた。

「?」

 見ると、他の御家人達が悲しげな表情でうつむいている。

「どうされた?」

 さすがに気になって声をかける。

「例の、寺の再建資金の事でな」

 その中の一人が(瀬下太郎という御家人だった)答えてくれた。

「我等のような木っ端御家人にとって、三貫文でも馬鹿にならない出費でしてな。 ため息だって出るというものです」

 そう言ってまた、ため息をつく。

(そうなのか……)

 重兼はそこまで考えてはいなかった。

 自分達の事ばかりで、他の御家人の事は考えていなかった。

 ごくわずかの所領しか持たない御家人にとって、今回の件はかなりの負担なのかもしれない。

(気の毒に)

 そう思わずにいられなかった。

 ちなみに新田一門の場合、世良田家が二十貫、岩松家が十貫、里見家が五貫文である。

(額戸家は、新田宗家の家人扱いなので免除)

 同情した重兼は、思わず口に出してしまった。

「もし良ければ、我が新田家が貸して差し上げようか?」

「何ですと!?」

「本当ですか!?」

 その場にいた御家人達が色めきたった。

 予想外の反応に、重兼はギョッとした。

 目の前の瀬下太郎との会話が、他の御家人達に聞かれていたのだ。

 というより、連中は聞き耳をたてていたのかもしれない。

 最近の新田家は羽振りが良い。

 だから、金銭面の窮状を伝えると何とかしてもらえるかも知れない。

 それを期待してだ。

 戯言ですよ。

 そう言ってはぐらかそうとしたが、皆のあまりにも真剣な顔つきに言い出せなかった。

 言ったら、何をされるか分からない雰囲気だった。

「……必ず返していただきますぞ?」

 重兼が絞り出した声に、室内で歓声が上がった。

 誰もが喜びの表情だった。

 重兼以外は。

 彼だけは、思い切りどんよりとしていた。

 

 その日以降、上野の御家人達がやたら重兼に対して愛想良くなった。

(本当に現金な奴等だ)

 重兼は心底からそう思った。


 三月。

 大番役を無難にこなして重兼は帰国した。

 そして、鎌倉での事を段銭奉行の平次に話すと

「本当に言ってしまったのですか!?」

 呆れられた。

「そんな軽はずみな約束をして! 当家の金も無限にあるのではありませんぞ!?」

 そして怒られた。

「すまぬ……。 だが、引き受けてしまったのだ。 何とか工面してくれぬか?」

 後悔丸出しでボソボソと喋る重兼をみて、平次はため息をついた。

「……承知いたしました」

「……此度は本当にすまぬ。 だが、他の御家人達の様子があまりにも不憫でな」

「なるほど」

 平次は重兼を少しばかり見直した。

 情は人のためならず。

 他人の苦境に手を差し伸べる事が、いずれ自分の利益になるかも知れないが、重兼は打算抜きでそれを行っている。

 これによって新田家は他の御家人達の信頼と人望を得るだろうし、御家人達との関係を深めておけばもしかしたら商売の発展に役立つかも知れない。

「それでは、某は金貸しの用意をしておきますので」

 平次は立ち上がると、自分の部屋に戻った。

 金を貸すにあたって利子や返済期限を決めなければならないし、証文などの準備をしておかなければならない。


 しばらくして、近隣の御家人達が押しかけて来た。

 一人ずつ部屋に招き入れて、重兼と平次が応対する。

「……それでは、お貸しする一貫文につき返済までに毎月二十文の利子をつけてお返しいただくということでよろしいですかな?」

「それで構いませぬ」

「では、こちらにご署名を」

 相手が借金の証文の原本と写しに署名すると、写しの方を渡す。

「これで済みました。 では、帰りの道中お気をつけて」

「かたじけない。この御恩は決して忘れませぬ」

 その御家人はきちんとお辞儀をして帰って行った。

 同じようなやりとりが何度も繰り返されたあと、ようやく全てが片付いた。

「ようやく終わりましたな」

「ああ、平次。 ご苦労だった」

 それまで真剣な面持ちだった二人も、一息つく事ができた。

 借金を申し込んできた御家人は新田荘の近隣に所領を持つ二十一人だった。

 いずれも三〜五貫文の金を貸して欲しいとの事だったので、新田家の蓄えで充分まかなえる金額となった。

「されど殿様。 本当に良かったのですか?」

「何がだ?」

「利子の事でございます」

「ああ、その事ならかまわぬ」

 重兼は、平次が今回の件の利子が低い事に不満を持っているのは分かっていた。

 しかし、これについては自分の意見を通した。

 理由としては、重兼自身が阿漕な事はしたくなかった事と、低利子で貸し付ける事で返済をしやすくして御家人達の信頼と感謝を得るのが目的だからだ。

 そして、その狙いは当たった。



 やがて、上野の御家人達の間で喜びに満ちた声がささやかれた。

「新田殿はなんと仁慈の心に満ちているのだ」

「我等の窮状を救う為に身銭を切って下さった」

 もはや新田家を『河内源氏の一門でありながら北条に媚びる唾棄すべき輩』とみなす者はいなかった。

「重兼殿こそ、八幡太郎義家公の再来だ!」

「そういえば、あの御仁は八幡太郎の血を引いておったな」

 かつて、後三年の役のおりに勝利を得たにもかかわらず、朝廷より「私戦に恩賞は出せぬ」とされた時に、自腹を切って配下に恩賞を与えた源義家になぞらえる声も出始めた。

 新田家の上野国の御家人に対する求心力は、急速に高まっていった。






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― 新着の感想 ―
時代物はナーロッパ物に比べて考証が大変だし、こだわりある人も多そうですが頑張ってください。
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