新たなる財源、誕生
新田荘、総持寺の新田館。
重兼の部屋で、篠塚太郎は恐縮しきりといった感じで座っていた。
上野に戻ってきた時、主人の新田重兼は外出していた。
すぐに戻るとの事なので、それまで待つ事にしたのだが……。
(気が重い……)
そう思わずにいられなかった。
なにしろ、はるばる甲斐国まで金を買いに行ったのに、砂金一袋しか買えなかったのだ。
こちらが用意した五十貫文は、物価の高い鎌倉でも一年近く滞在できるだけの金額だったのに、手に入れたのは一袋だけ。
今になって思えばもっと大金を用意するべきだったかも知れないが、そもそも金を買うなんて事がなかったので金額が分からなかったのだ。
「はぁ……」
ため息が出た。
するとそこへ、
「待たせたな。 所領の巡回をしておったが、長引いてしまったわ」
重兼が戻ってきた。
「とっ、殿様!」
慌てて姿勢を正す。
重兼は上座に着くと、笑みを見せ、聞いてきた。
「それで、金は如何ほど買えたのだ?」
篠塚太郎はギクッとなった。
「それが……」
冷や汗をかきながら頭を必死に回転させるが、言い訳が重いつかない。
やむを得ず、真実を話す事にした。
金の入った袋を差し出す。
「申し訳ございません。 持っていった銭で買えたのは、これだけでありまして……」
叱責か不満を聞かされる。
そう思っていた。
しかし、主の反応は以外だった。
「そうか。 別にかまわぬぞ」
「はっ?」
太郎は目を丸くした。
「どうした?」
「あっ、いえ。 てっきり叱られるかと……」
「何を申すか。 そのような事などせぬわ」
重兼は穏やかに言葉を続ける。
「金の値段など、私も知らなかったからな。 少しでも持ち帰っただけでも良い。 気にする必要はないぞ?」
「……ありがたき御言葉にございます」
篠塚太郎は、額を床に擦りつけんばかりに頭を下げた。
「気にする事はない。 それよりも長旅で疲れたであろう。 ゆっくり休むが良い」
「はっ。 御言葉に甘えさせていただきます」
篠塚太郎は部屋を出ていった。
重兼は袋を手にとると、中を覗いてみた。
砂金というより金の石ころと言うのが近い物がいくつか入っている。
見たところ、一番大きい物でも親指の爪くらいの大きさだ。
それでも構わなかった。
これは蒔絵細工に使用するもので、大きさはさほど問題ではない。
たとえ小さくても、槌などで叩いて薄く引き延ばせば良いだけの話だ。
それを粉状にして、漆器にまぶす。
そのためのものだから、これだけあればしばらくは大丈夫なはずだ。
篠塚太郎は大量に確保出来なかった事を気にしているようだが、重兼は気にしない。
(あとは、漆器職人を集めなくては)
その件については、平次がやってくれるだろう。
蒔絵細工についてはこれで良い。
重兼はもうひとつの問題に頭を切り替えた。
「農事奉行の生田重政を呼べ」
重兼は目の前に座った農事奉行を見据える。
「重政。 あの件はどうなっておる?」
重兼が口にしたのは、以前から計画していた養鶏と魚の養殖の事だった。
この時代の食料事情を少しでも改善するのが目的であり、上手くいけば新田家の所領内だけでも有効ではないかと思う。
飢えで苦しむ人間を、ほんの少しでも減らしたい。
たとえ、焼け石に水のような行為であっても。
だから、なんとしても成功させたい。
「養魚池を造って、そこに魚を放流しました。 今は経過を見守っております。養鶏の方は、笠懸野に小屋を造ってそこに鶏を入れて飼育しております」
「なるほどな」
こういった養殖は、この時代において初めての試みである。
前例が無いうえに、まだ、始まったばかりだからこんなものだろう。
結果が出るのはかなり先になるだろうから、当面は見守りながら、時々助言や指導を行うつもりだ。
「鶏の餌には、時々玄米を混ぜるのを忘れないでくれ。 脚気を防ぐためにな」
「はっ」
これには重政も半信半疑といった感じだった。
玄米を食う事で脚気を防げるのか、と思っているのだろう。
(これは仕方がないな)
脚気の原因が、栄養不足が原因である事が判明したのは19世紀の事であり、当時ですら懐疑的な意見も多かった。
鎌倉時代の人間なら、疑って当然だ。
しかし、効果があるのは確実なのだから、必ず実行させたい。
一応、命じた事を実行するように念押しして、重政を下がらせた。
これで新田領内における農事に関する問題には手を打った。
あとは商業、新田領外の問題だ。
健保二年十月の鎌倉。
市場は相変わらず賑わっていた。
しかしその日はその一角で、一際耳目を惹く騒ぎが起きていた。
上野から来た商人が、蒔絵細工を売り出したのである。
一人の武士が、蒔絵の杯を手に取ってじっと見つめていた。
「これは、本物なのか!?」
「へぇ、左様でございます」
「……」
その武士は絶句した。
蒔絵細工を鎌倉で目にするとは、思ってもいなかったのだ。
手に入れるには京の都に行くか、ごく稀に商人が京から売りに来るのを待つしかなかった物が今、目の前で売っている。
「いくらだ?」
「一つにつき十五貫文でございます」
「……杯一個でか?」
「はい。 今日はこれしか持って来ておりませんので」
そう言って、商人は蓆の上を指さした。
蒔絵の杯とお椀が三個ずつ。
「上野の新田荘の安養寺にいけば、もっとたくさんあるんですがねぇ。 しかも安いのが」
「真か?」
「勿論でございます。 百聞は一見に如かず。 一度行ってみると良いですよ」
武士は、杯を蓆に戻して考え込んだ。
見物人の中にいる数人の身なりの良い人間も、真剣な表情で考えている。
買うかどうか迷っているのだろう。
やがて一人、また一人と立ち去って行く。
残った者達も、蒔絵細工を珍しそうに見るだけで買おうとはしない。
その様子をみて、商人は店じまいを始めた。
結局、商品は一つも売れなかったが気にする事はなかった。
大事なのは『新田荘で蒔絵細工を売っている』事を鎌倉に広める事なのだ。
それが段銭奉行の上屋平次に命じられた事だ。
後は、結果が出るのを待つだけだ。
その一月後。
新田荘の安養寺で開かれる市場に、近隣の有徳人(富裕層)が集まって来た。
目当ては勿論、蒔絵細工である。
重兼はもう、少しばかり唖然としていた。
蒔絵細工の売り上げが、一日だけで三百貫を超えたのだ。
この中から職人に対する報酬と、安養寺に払う場所代、平次の取り分を差し引いても新田家の収入は莫大なものになる。
(それにしても、金持ちというのはいるんだな……)
内心、嬉しさと同時に驚きを感じていた。
鎌倉での宣伝時に比べて値段は高くしたにもかかわらず、売り切れてしまったのだ。
一つにつき、二十五〜三十貫文の杯や小箱などが、である。
手作業なので、一度にあまり多くは作れないのが玉に瑕だが、それでも充分儲ける事が出来た。
(何に使うべきかな)
得られた利益をどうするか。
成功に使うのはもちろん、所領内の整備にもこれまで以上に資金投入ができる。
それを考えるのも楽しくなってきた。
(まぁ、焦らずに考えるか)
重兼は顔がニヤけているのに気づいていなかった。




